あやまれない

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あやまれない

   「ちょっとリョウキ! だらだらしてんとはよお弁当箱出し! 」 「あーもう分かってるからあっち行って。集中できへんねん」  「集中ってただのゲームやないの! そんなもんに集中力使うんやったら勉強に使いなさいよ! こないだの期末テストもひどかったでしょ! 夏休み明けに学力テストもあるのに。あんたほんまに大丈夫なん! 受験生でしょ! 」    確かにこの前の期末テストの出来は自分史上最悪の結果だった。 けれど、部活終わりのクタクタな僕にそんなこと言う必要ないだろう。 今日はコーチの機嫌がすこぶる悪く、少しのミスで30分の説教を受けた。 『サッカー部』この響きがかっこよくてなんとなくモテそう。  ただそれだけで入部を決めた中学一年の自分を憎むほどサッカー部の練習はキツく、コーチが理不尽に怒る。 そのせいで機嫌の悪い僕はつい「うるせーな! ババァ! とっとと出てけ! 」と大声で怒鳴ってしまった。  自分でもびっくりするくらいの声量だった。  けれど、今さら謝れない。 凍りついたような空気の中「分かった」という母の低い声が響く。 ドアの近くに仁王立ちしている母を見上げると、顔が、いや、もう頭のてっぺんからつま先まで真っ赤になっていた。 僕の頭の中にはとっさに『赤鬼』という言葉が浮かんだ。  「母さん決めた。もうあんたのお弁当作らん」 母さんはそう言って僕の部屋の扉をバンッと叩きつけるように閉じて出ていった。  やらかした。 明日も朝から練習があるのに朝から弁当なんて作れない。 というか、練習がなくても弁当なんて作れない。 ましてや作ったことないから作れるかどうかもわからない。  けれど、悪いのは母さんだ。 先にごちゃごちゃ文句つけてきたんだ。 僕から謝るなんて癪だ。 母さんが謝ってきたら僕も謝るけど。 最初に謝るべきなのは母さんだ。  でも、僕ら三年生の引退試合もちかくコーチも気合が入って練習もどんどんハードなものになっている。 それを昼ごはん抜きで乗り越えるのも無理な話だった。  コンビニでなにか買ってしのごうというのも考えて、財布をひっくり返した が、出てきたのは100円玉二枚と10円玉と1円玉が数枚。 夏休みも、もう終わりかけ。 といってもあと10日は練習がある。 どうしよう。 謝るしかないか。 そう思ってもなかなか扉を開けられない。 なんて言って謝ろうか何度もイメージするけれどその光景は僕のプライドをズタズタにする。 頭の中を怒りや心配、不安と少しの申し訳なさがぐるぐる回って落ち着かなかった。  その日は母さんも謝ることなく、会話することもなく眠りについた。 キツイ練習にも頭の中を駆け巡る様々な感情の相手をするのにも疲れ切ってしまったのだ。  明日になればなんとかなるだろう。 そう祈るように目を閉じた。
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