魂やどる戦士は

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 訊ねてきた女性を客室へと案内する。彼女の視線は雑然としている書類の類に向けられている。鮫島は前方を歩きながら、申し訳ないと口にする。編集長が不在でいてくれて良かったと心から思いながら、比較的綺麗にしてある一室に女性を通すと、給湯室に小走りに向かい三つ分の飲み物をお盆にのせて部屋に入室する。 「お待たせしてすみません」  応接ソファーに座っている2人に湯呑に入れたお茶を置きながら、屈みこみテーブル隅に置かれているメモ帳とペンを取り出す。  鮫島が自社に戻った時、ビルの前に女性が立っていた。女性が服を掴むように青年が一緒に立っていた。 「このチラシなんですが」  自己紹介をし終え名刺を二つ机の上に置いた後、例のチラシを差し出してみせる。好奇心の類の側ならまず、そのチラシを真ん丸く見て写真を撮る。ガセネタを持ち込んだ人間も同じような行動をとるだろう。だが、来訪者はまったく驚いた様子もスマホを取り出す素振りも見せない。 「あります・・・」  女性は横に置いたミニトートバックから二つ折りしたチラシを差し出し比べられるよう隣に置いた。同じ紙同じ文体のものが二つ並ぶ。 「この紙が届いてからだと思うんです」  女性は伏し目がちに話し出す、隣の男性をちらっと見た後両手を肩に回しながら何かを恐れているかのように声を震わせた。 「弟が変わってしまったのはそのチラシが原因だと思うんです。弟の姿は変わりがないんですが、まるで人が変わってしまったように思えてならないんです」  女性の話によると隣に座る弟は以前から愚痴を打ち明ける仲だったと言う。嫌々ながらも毎日のように聞いてくれていた弟が姪に新たな熊の人形を渡してから人が変わったと話す。 「本心を言っただけでは?」  毎日のように姉夫婦の愚痴を聞いていれば、素っ気なくなってしまう気持ちもわからなくはない。女性は弱々しく首を振り、強い口調で言い続ける。 「いきなり激高するようになって。以前は軽く聞いてくれたのに着信拒否したりブロックするんです。あたしも言いすぎな部分はありましたが、太一は家族思いの優しい弟だったんです」  太一と言われた男はへらへらと笑ったまま湯気が立ったお茶をゆっくり飲んで姉が話し終えた後、信じられない話を始めた。 「だって俺、太一じゃないし。あ、太一ってのはこの器の前の名前で、苗字は確か・・・比嘉だったかな」 「あんた誰よぉ!!」  胸ぐらを掴み上体を揺らされる弟はへらへら笑いながら姉だと言うのに他人のような口調で返答している。 「まぁ、落ち着きなよ。えぇっと、田宮あかりさん」  二人のやりとりを見ながら確信していた。この話は嘘ではない。男の中にいる新たな人間いや魂と例えるべきか?田宮は困惑気味な視線を鮫島に向け語気を強めた。 「弟の魂を取り戻して!!こんな風にした店主を見つけ出してよ」  不可思議体験を取材するはずだったのが、依頼を受ける形になってしまう。【怪奇人形店】の店主はどのような人物か詳細を聞くのは翌日の話で、田宮あかりの苦労話から夫婦間や子育ての愚痴を聞く時間に変わっていた。
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