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つぶらな目をしたくまのぬいぐるみには
集合ポストにある手紙や新聞の束を取り身を縮めらせ足早で駆けていく。エントラスへ出向くだけだと、パジャマの上から厚手のちゃんちゃんこに素足にスリッポンの姿は肌寒すぎた。
「秋が来たと思ったら、もう冬みたいだよ」
脇に手紙類を抱え周囲見渡しながら、比嘉太一は独り言を呟いている。彼を足早にさせている理由は、二つ。
身なりが起きたままだということ。彼の寝癖はそのままだし、目やにや口元には涎が垂れた形跡までしっかりと残っている。
もう一つの理由は・・・・
「どこぉぉ!!」
一〇三号室に響く、声に血相を変えて扉開けすっ飛んでいく太一。彼はついこの間まで一人暮らしをしていたのだが、姉の突然の来訪とともに、この子を置いて出て行ってしまったのだ。
「おはよう、未美」
「おはよう、おじちゃん」
田宮未美ウサギ組で年長組の五歳児。僕の姪は朝から不機嫌で泣き喚く、その泣き声に耳に指を突っ込みたくなるのを抑えながら泣いている理由を探す。
「あぁ・・・」
物置部屋を片付けて姪と姉の部屋へと変えていた一室を見渡す。綿埃だらけで、つぶらな黒い瞳が飛び出ているではないか。
「未美と一緒に遊んでたらね・・・いきなり顔が裂けちゃったの」
朝からなんとバイオレンスな話を聞かされているのだろう。茶色の熊のぬいぐるみは顔が真っ二つに裂けた状態に放置されていた。
ぼさぼさ頭に片手を置いて優しく撫でる。最初は嫌そうにしていた未美も落ち着くころにはまたぽつぽつと両頬から涙を零している。
「あのお人形直せないの?未美が乱暴に扱ったから元に戻せないの」
流れ出た涙は人がいない寂しさからではなく、人形に対する謝罪の気持ちが込められていた。こんなとき姉ならどうするだろう?
「あとで、直してあげるから」
小さい子に嘘をついた罪悪感があとから湧き上がってくるのだが、今は朝食を作って幼稚園に送らなければならない。
「ありがと、おじちゃん」
笑顔にするためそして、この場をやり過ごすためについた嘘がこの後起きる出来事に関わっていくことを知らない僕たち二人はパンが焼く間身支度を整えていた。
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