つぶらな目をしたくまのぬいぐるみには

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 ハサミを台所へ片付け、バイト先に向かいながらふと思う。親戚が集まった時も姉から送られてくる写メにも必ずあの熊の人形が映っていた。 (大事そうにしていた人形をあんなボロボロにするとは思えない)  突然やってきた姪の未美が調理用のハサミがどこに仕舞ってあるかなど知るはずがない。誰の仕業だろう・・・・ 「もしかして・・」  ゴクリと唾を飲み込んで頭の中で浮かんだ人物を振り払う。ストレスは溜まっている姉の愚痴、姪の面倒をいきなり見る羽目になったこと・・・  姪の未美を預かって二日で溜まったストレスを熊の人形に向ける者などいないだろう。大事にしているとわかっているなら尚更だ。 ♦  バイト先のコンビニが向かい側の道路を挟んで見えてくる。背負っていたリュックから熊の人形を取り出し確かめてみる。両手でしっかりと掴んでいれば裂けているなどわからない。頭部にそっと載せてみると、ゆっくりと割れた裂け目が見えてくる。縫い合わせて直ると思っていたが、綿が減っていて不足分の綿も入れなければならない損傷具合。 (似た人形でも探すか)  姪の未美には申し訳ないが、名前が書かれていないのが不幸中の幸いだった。刺繍で未美の名前など入っていたら、買い替えが出来なかっただろう。リュックに熊の人形を入れ歩行者用信号機の前で青信号に変わるのを待つ。  フードのポケットに両手を突っ込んで中に何かが入っていることに気づく。未美を見送った際に渡してくれたウサギの折り紙が元の紙に戻っていた。 【古い人形買い取ります】    黒字に赤色の文字で書かれた一文に視線が留まる。新しい熊の人形を買った後のことを考えていなかった僕からしてみたら救いの言葉のように思えた。  コンビニのバイト終わりにその店を訪ねようと検索するもサーチにかかりもしない。ネットやSNSなどをしないタイプの店らしい。店名を見てゾッとしたのは一瞬だけだった。 【怪奇人形店】  怪奇人形などホラー映画か小説の中の世界だろう。そんなふうに軽く考えていた僕の考えが変わってしまうのは終業時間後の話。
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