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 体育館から聞こえてきた掛け声とシューズのこすれる音に、足を止める。  ふらふらと吸い寄せられるように近づいてみれば、中では部活動のまっただ中だった。  三つに区切られた体育館を、バスケ部とバレー部、バドミントン部で分け合って使っている。いちばん広いスペースをとっているのはバスケ部で、今はちょうどスリーオンスリーが行われている最中だった。  渋谷くんの姿は、すぐに見つけた。あいかわらず目立っていたから。  コートの中を、鮮やかなドリブルさばきで駆け回っている。俺が見ているあいだだけで、彼は三回もシュートを決めていた。そのたびチームメイトとハイタッチを交わす笑顔はさわやかで、素直にかっこいい。やっぱりイケメンだなあ、とあらためて確認する。モテるんだろうなあ、とも。  桃ちゃんとは、いつ別れたのだろう。どれぐらい付き合っていたのだろう。  ……どちらから、別れを切り出したのだろう。  気になるけれど、あまり答えを知りたくないような疑問が次々湧いてきて、知らず知らずのうちにため息をついていたとき 「なにかご用ですかあ」  ふいに後ろから、そんな無愛想な声がした。  驚いて振り返ると、立っていたのは須藤さんだった。ジャージ姿で、手にはタオルとスポーツドリンクのペットボトルを持っている。 「あ、須藤さん」顔見知りだったことに、俺はちょっとほっとしていたけれど 「……智くんじゃん」  俺の顔を見た須藤さんのほうは、無表情のまま素っ気なく呟いた。 「バスケ部になんか用事?」  尋ねる声にもあいかわらず愛想はなくて、俺は少し面食らう。  須藤さんは春子と同じクラスで、入学当初から春子と仲が良かった。だから春子を通して、俺とも面識はあった。三人でいっしょに帰ったこともあるし、廊下ですれ違えば気安く声をかけるぐらいの仲ではあった。少なくとも俺の中では。  だけど今、久しぶりに顔を合わせた須藤さんに笑顔はなかった。それどころか、どこか棘のある視線を俺に向けながら 「なに、誰か話したい人でもいるの? 呼んでこよっか?」  素っ気ない口調のまま、そう訊いてきた。その表情からは、早くこの場を立ち去りたいという気配が伝わってきた。 「ああ、いや」俺はあわてて首を横に振ると 「いい、大丈夫。ちょっと見に来ただけだから」 「見に来た? なに、誰かストーカーでもしてるの?」 「はあ?」 「あ、わかった。――渋谷くんでしょ」  急にずばりと言い当てられ、心臓が跳ねる。  俺の顔をのぞき込んできた須藤さんの口元には、ようやく笑みが浮かんでいた。けれど好意的なものではなかった。なにかを見透かしたような、面白がるような笑顔で目を細めた須藤さんは 「渋谷くんになんか用事? ああ、あの子のことでも聞きたいの?」 「あの子?」 「桃ちゃんのこと。この前まで渋谷くんと付き合ってたもんね。別れた理由でも聞きに来た? でもそれなら、桃ちゃんのほうに聞けばいいんじゃない? 今は、智くんが桃ちゃんと付き合ってるんでしょ」  堰を切ったように、平坦な口調でまくし立てられる。  この前まで。今は。妙に強調されていた気のする部分に、俺が眉を寄せていると 「ねえ、智くんさ」  須藤さんはまたその顔から笑みを剥がし、言った。 「いつまであの子と付き合う気なの?」 「……は?」 「よく平気で、付き合えるね」  吐き捨てられた声には、あからさまな敵意がこめられていた。 「……どういう意味?」  俺は眉をひそめて、須藤さんの目を見つめ返す。  須藤さんは俺の質問には答えなかった。「智くんさ」苛立った様子で、自分の爪先をいじりながら 「なんとも思わないの?」 「なにがだよ」 「春子のあの髪見て。なんか思うことないの?」  再度、どういう意味、と訊こうとした俺の声に重なり、笛が鳴った。「集合―!」という顧問らしき先生の声がかかる。  それに反応して須藤さんはさっさと踵を返すと、止める間もなく駆け出してしまった。  バスケ部員の中に混じっていく須藤さんの背中を眺めながら、須藤さんにぶつけたかった言葉が、行き場をなくして喉の奥で絡まる。  はじめて真正面からぶつけられた敵意は思いのほか重たくて、息が詰まった。  そしてそれは俺ではなく、俺を通して桃ちゃんへ向けられていることも、はっきりわかってしまった。
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