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 廊下を歩いていたら、前方にある職員室の戸が開いた。中から出てきたのは、春子だった。 「失礼しましたー……」  あからさまに気落ちした声で告げ、戸を閉める。そうしてノブに手をかけたままうつむいて、特大のため息なんかついていたので 「どうした?」  後ろに立って声を掛けると、「うわ!」と声を上げて春子がこちらを振り向いた。 「智か。びっくりしたあ」 「なに、お説教でも食らってたん?」 「うん、まあ……」  春子は力なく笑って、自分の前髪をいじると 「ちょっとこの髪色はさすがにどうか、と。島田先生に」 「そりゃそうだろうな」  いくらうちの高校がゆるいと言っても、さすがにここまでの金髪は見過ごされなかったらしい。むしろ見過ごされなかったことにほっとする。  肩を落としたまま廊下を歩き出した春子の隣に、俺も並んで歩き出すと 「だいぶ怒られたのか?」 「まあ、なかなか」  島田先生なら相当きつかったのだろう。春子はちょっと涙目になっている。 「このままだと内申にも響くぞー、知らんぞーって」 「ほんとそうだよ。春子、大学行きたいっつってなかった?」 「ううん、短大」 「短大でもいっしょだよ。頑張れば推薦とかもらえるかもしんないのに。こんなことしてたら絶対無理になるぞ」 「……島田先生にも同じこと言われた」  いじけたようにうつむいて、ぼそりと呟く春子に 「じゃあいい機会じゃん。髪、黒に戻せば」 「やだ」  それでもその返答はいつもどおり、はっきりしていた。俺はため息をつく。 「戻さないとまた島田先生に怒られるぞ。今度はもっと怒られるぞ」 「わかってる。でも仕方ない」 「……だから、仕方ないってなんだよ」  春子はごまかすように笑って、なにも答えなかった。  下駄箱で靴に履き替え、昇降口を出る。校門に続く坂道を下っていたところで、前方からジャージ姿の集団が坂道を上ってきた。それがバスケ部ではなかったことに、思わずほっとしてしまう。 「……なあ、春子さ」 「うん?」 「須藤さんとは今も仲良いの?」  唐突な質問に、春子はきょとんとした目でこちらを見て 「へ? うん、仲良いよ?」 「でも最近、あんまいっしょにいなくない? 須藤さんと」  あー、と春子はちょっと困ったように頬を掻きながら 「最近は私、桃ちゃんといっしょにいることが多いからなあ」 「……須藤さんと桃ちゃんって、仲悪いの?」 「え? いや、そんなことないと思うよ。仲良しってほどでもないけど。あんまりしゃべってるところ見ないし」 「……そっか」 「なに、すーちゃんがどうかしたの?」 「いやなんでも。ちょっと気になっただけ」  首を振って、話題を打ち切る。そうして春子のほうを見れば、不思議そうな顔でこちらを見つめる彼女と目が合った。いっこうに彼女になじむ気配のない金髪は、今日も目に痛いほど眩しい。  ――なんとも思わない、わけがない。  須藤さんの言葉が、ふいに頭の奥でリフレインする。 「なあ春子」 「ん?」  俺が足を止めると、春子もいっしょに立ち止まり、こちらを振り向いた。 「その髪さ、俺にも関係あるって言ってたよな」  低い声でそっと尋ねれば、春子はちょっと警戒するような表情になった。  うん、と慎重な声で相槌を打つ。 「まあ、あるといえばある、けど」 「じゃあ、俺がどうにかすればやめんの?」 「え」 「なあ、どうすりゃお前その髪やめてくれんの。黒に戻してくれんの。教えてくれれば俺そうするからさ、どうすりゃいいのか教えてよ」  春子は困ったように俺の顔を見つめたまま、しばらく黙っていた。  やがて、足下に視線を落とした彼女は、ゆるゆると首を横に振って 「いいよ。仕方ないんだもん。だって智、桃ちゃんのこと好きでしょ?」 「……そりゃ、まあ」 「それで桃ちゃんも、智のことが好きなんだから。だから、これでいいの。なにもしなくていいよ」  春子の言葉の意味は、さっぱりわからなかった。 「……意味わかんねえ」  途方に暮れた気分で、ぼそりと呟く。  春子はやっぱり困ったように笑って、「わかんなくていいよ」と言った。
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