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 迎えた日曜日。 「いらっしゃーい、桃ちゃん」  桃ちゃんを連れて家に帰ると、母が待ち構えていたように玄関まで出迎えに来た。なぜかよそ行きの服を着て、化粧までしている。 「あらー、かわいい子」桃ちゃんを見るなり、母はうれしそうに顔をほころばせ 「いつも智がお世話になってます。ありがとうね」 「い、いえ。こちらこそ」  桃ちゃんがちょっと緊張したように、ぎくしゃくと頭を下げる。  今日の桃ちゃんは、ギンガムチェックのシャツに紺色のスカートを穿いて、赤いカーディガンを羽織っていた。さすが、私服も期待を裏切らないかわいさだ。 「はじめまして。日下桃といいます」 「あらー、礼儀正しい」母はますますうれしそうににやけながら 「あとでお茶とお菓子持って行くからね。ゆっくりしていってね」  浮かれた声でそう言い残して、リビングのほうに消えた。 「じゃあ、こっち」と俺が桃ちゃんを部屋に案内しようとしたら 「……今日、お母さんいるんだ」  リビングのほうを眺めながら、桃ちゃんがぽつんと呟いた。 「あ、ごめん、言ってなかったっけ」 「なにも手みやげとか用意してきてないけど、大丈夫かな」 「え、ぜんぜん。そんなのいらないから。行こう」  うん、といまいち釈然としない顔で頷く桃ちゃんをうながし、階段を上る。  俺の部屋に入ると、桃ちゃんは、わー、と小さく呟きながら、興味深そうにきょろきょろと中を見渡していた。 「片付いてて、きれいだね」 「そりゃあ、桃ちゃんが来るから」  昨日、半日がかりで必死に片付けたのだ。きっと二日も経てば、またもとの雑然とした部屋に戻るだろう。 「いつもはもっと汚いよ」 「そうなの?」 「うん。桃ちゃんのために片付けました」 「あ」  楽しそうに俺の部屋を観察していた桃ちゃんが、ふとなにか発見したように声を上げる。「ねえ、智くん、これ」輝いた目で彼女が指さしていたのは、本棚に並ぶ分厚い革表紙だった。 「もしかして、智くんのアルバム?」 「ああ、うん。小さい頃の」 「見てもいい?」 「いいよ。どうぞ」  やった、と弾んだ声を上げて、桃ちゃんが本棚から一冊アルバムを抜き取る。  中には、三歳頃の俺が写っていた。おもちゃの車に乗っていたり、ビニールプールで水浴びをしていたり。「わー、かわいいな」桃ちゃんは楽しそうに顔をほころばせながら、そんな写真を眺めていくと 「なんか女の子みたいだね、智くん」 「ああ、たしかにこの頃はよく間違われてたって。ちっちゃかったし」 「ほんと、かわいいもん。――あっ」  ぱらぱらとアルバムをめくっていた桃ちゃんが、ふと中程のページで手を止める。見ると、保育園の運動会での写真が貼られたページだった。「これ」と桃ちゃんはその中の一枚を指して 「この子、もしかして春子ちゃん?」 「ああ、うん。春子だ」 「わあ、かわいい。面影あるね」  転びでもしたのか、泣いている俺の隣に、なにか声をかけているらしい春子の姿が写っている。  俺の小さい頃のアルバムには、こんな写真が何枚もある。基本俺が泣いていて、春子はその隣でお姉さん然として俺をなぐさめている。 「こんな小さい頃から仲良しなんだ。智くんと春子ちゃん」 「うん、まあ。家も近所だし」 「この頃は、春子ちゃんのほうが智くんより大きいね」 「春子は四月生まれで、俺は三月生まれだからなあ」  だからこそ春子は、俺の前ではいつでもお姉さん然としていられたのだ。  およそ一年の年齢差は、これぐらいの時期だとまだ大きい。春子はいつだって俺ができないこともできたし、俺はいつも、春子にかなわなかったから。 「春子ちゃんの家って、そんなに近いの?」 「うん、すぐそこ。部屋から見えるよ」  道を挟んだ斜め向かいに、春子の家はある。歩いて一分もかからない。俺の部屋の南側にある窓からは、ちょうど春子の家の玄関が見える。なので俺は窓のほうに歩いていくと、「ほら、あそこ」と桃ちゃんに教えるため窓の外を指さした。そのときだった。  指さした先で、春子の家の玄関が開いた。  飛び出すような勢いで中から出てきたのは、春子だった。かと思うと乱暴にドアを閉め、いきなり走り出す。見下ろす位置なので、表情は見えない。ただ、そのまま曲がり角の向こうへ消えたその背中だけで、なにかただごとではないのはわかった。  俺があっけにとられて窓の外を眺めていると 「智くん?」  後ろから桃ちゃんの声が飛んできて、我に返った。  振り向くと、桃ちゃんが不思議そうにこちらを見ていた。 「どうかしたの?」 「ああ、いや。さっきさ……」  言いかけて、ふとためらう。そのとき、ドアをノックする音がした。続いて、「開けるよー」という母の声。俺は一瞬だけまた外に目をやってから、母に応えるため窓から離れた。あとで電話でもしてみよう、なんて考えながら。
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