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03
俺が桃ちゃんとまともにしゃべったのは、一昨日がはじめてだった。
桃ちゃんから、付き合ってほしいと告白を受けた、あのとき。俺ははじめて、桃ちゃんの顔を真正面から見た。
それまでは、春子をあいだに挟んで三人で話すことしかなかった。そのときにも話すのはほぼ春子で、俺と桃ちゃんがなにか言葉を交わすことはほとんどなかった。
なのに桃ちゃんは、俺のことが好きなのだと言った。
緊張したように胸の前で両手を握って、だけど真剣な表情でまっすぐに俺の目を見つめて。よく春子といっしょにいたこの女の子が、こんなにもかわいかったのだということを、俺はそのときはじめて知った。
不安に揺れる目でじっと見つめられたそのときにはもう、俺は桃ちゃんが好きだった。我ながらちょろい、と今になればつくづく思う。
帰り道、家の近くの公園の前を通りかかったところで、いやに目につく金髪が見えた。
「なにしてんの、春子」
入り口のところから声を投げると、ブランコに座っていた春子が顔を上げる。
「あ、智」
「帰んないの?」
「うん、ちょっと」
春子は歯切れ悪く頷いて、足下に視線を落とすと
「ほら、私、不良でしょ。あんまり早く帰ると不良っぽくないから、道草しようかなって」
「不良は公園で道草したりしないんじゃないの」
「そうなの? じゃあどこでするの?」
「知らないけど。ゲーセンとか?」
「えー、それはお金かかるからやだな」
俺は少し考えてから公園に入ると、春子のもとへ歩いていった。
「なあ、春子」
ブランコに座る彼女の前に立ち、彼女を見下ろす。
小さな頃から見慣れた、幼なじみの顔。とびきり美人というわけではないけれど、たれ目がちの大きな目は愛嬌があって、幼なじみの欲目を差し引いてもかわいいほうだとは思う。
だからこそ歯痒い。絶望的なまでになじんでいないこの金髪が、春子の良さをぜんぶ、ぶち壊している気がして。
「髪、黒に戻せよ」
「やだ」
駄々をこねる子どもみたいに、ふいっと視線を逸らした春子は、足をぶらぶらと揺らす。
「マジで似合ってないっつってんじゃん」
「わかってるよ。それでもいいの」
「なんで。おばさんたちだって怒ってるだろ、絶対」
「まあ、いい顔はしてないよ、さすがに」
「じゃあ」
「でも、やめない。この髪」
はっきりとした声で言い切って、春子が目を伏せる。そこには、俺がなにを言っても揺るぎそうにない硬さがあって、俺はため息をついた。思えば、昔から春子は見た目のわりに、頑固で強情だった。
「……なあ」
「ん?」
「その髪、俺が桃ちゃんと付き合いはじめたこととなんか関係ある?」
ずっと気になっていたことを訊いてみれば、春子が顔を上げて俺を見た。
そうして少しだけ考えるように黙ったあとで
「まあ、あるっちゃある」
「……あるのかよ」
「でも、智のせいとかじゃないよ」
さっきの返事よりはっきりとした口調で付け加えて、春子はまた俺から視線を外した。夕陽が沈みかけた橙色の空のほうを見て、眩しそうに目を細める。
よくわからない返答に俺が眉を寄せていると
「ねえ、智」
「なに」
「今日、桃ちゃんの様子どうだった?」
唐突な質問に、俺はきょとんとして春子のほうを見ると
「なに、どうって」
「なんか変わったところなかった?」
「べつに。いつもどおり優しくてかわいかったけど」
「そっか。ならいい」
俺の言葉になんの突っ込みもせずそれだけ呟いて、春子はまたぶらぶらと足を揺らしはじめる。
その横顔は、もうべつのことを考えているみたいだった。
「いつまでここにいんの?」
「もうしばらく」
陽に透けるその髪を眺めて、俺は小さくため息をつくと
「……あんまり遅くならないうちに帰れよ」
あきらめてそんな言葉だけかけてから、踵を返した。
背中には、んー、というなんとも気のない生返事が追いかけてきた。
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