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  俺が桃ちゃんとまともにしゃべったのは、一昨日がはじめてだった。  桃ちゃんから、付き合ってほしいと告白を受けた、あのとき。俺ははじめて、桃ちゃんの顔を真正面から見た。  それまでは、春子をあいだに挟んで三人で話すことしかなかった。そのときにも話すのはほぼ春子で、俺と桃ちゃんがなにか言葉を交わすことはほとんどなかった。  なのに桃ちゃんは、俺のことが好きなのだと言った。  緊張したように胸の前で両手を握って、だけど真剣な表情でまっすぐに俺の目を見つめて。よく春子といっしょにいたこの女の子が、こんなにもかわいかったのだということを、俺はそのときはじめて知った。  不安に揺れる目でじっと見つめられたそのときにはもう、俺は桃ちゃんが好きだった。我ながらちょろい、と今になればつくづく思う。  帰り道、家の近くの公園の前を通りかかったところで、いやに目につく金髪が見えた。 「なにしてんの、春子」  入り口のところから声を投げると、ブランコに座っていた春子が顔を上げる。 「あ、智」 「帰んないの?」 「うん、ちょっと」  春子は歯切れ悪く頷いて、足下に視線を落とすと 「ほら、私、不良でしょ。あんまり早く帰ると不良っぽくないから、道草しようかなって」 「不良は公園で道草したりしないんじゃないの」 「そうなの? じゃあどこでするの?」 「知らないけど。ゲーセンとか?」 「えー、それはお金かかるからやだな」  俺は少し考えてから公園に入ると、春子のもとへ歩いていった。 「なあ、春子」  ブランコに座る彼女の前に立ち、彼女を見下ろす。  小さな頃から見慣れた、幼なじみの顔。とびきり美人というわけではないけれど、たれ目がちの大きな目は愛嬌があって、幼なじみの欲目を差し引いてもかわいいほうだとは思う。  だからこそ歯痒い。絶望的なまでになじんでいないこの金髪が、春子の良さをぜんぶ、ぶち壊している気がして。 「髪、黒に戻せよ」 「やだ」  駄々をこねる子どもみたいに、ふいっと視線を逸らした春子は、足をぶらぶらと揺らす。 「マジで似合ってないっつってんじゃん」 「わかってるよ。それでもいいの」 「なんで。おばさんたちだって怒ってるだろ、絶対」 「まあ、いい顔はしてないよ、さすがに」 「じゃあ」 「でも、やめない。この髪」  はっきりとした声で言い切って、春子が目を伏せる。そこには、俺がなにを言っても揺るぎそうにない硬さがあって、俺はため息をついた。思えば、昔から春子は見た目のわりに、頑固で強情だった。 「……なあ」 「ん?」 「その髪、俺が桃ちゃんと付き合いはじめたこととなんか関係ある?」  ずっと気になっていたことを訊いてみれば、春子が顔を上げて俺を見た。  そうして少しだけ考えるように黙ったあとで 「まあ、あるっちゃある」 「……あるのかよ」 「でも、智のせいとかじゃないよ」  さっきの返事よりはっきりとした口調で付け加えて、春子はまた俺から視線を外した。夕陽が沈みかけた橙色の空のほうを見て、眩しそうに目を細める。  よくわからない返答に俺が眉を寄せていると 「ねえ、智」 「なに」 「今日、桃ちゃんの様子どうだった?」  唐突な質問に、俺はきょとんとして春子のほうを見ると 「なに、どうって」 「なんか変わったところなかった?」 「べつに。いつもどおり優しくてかわいかったけど」 「そっか。ならいい」  俺の言葉になんの突っ込みもせずそれだけ呟いて、春子はまたぶらぶらと足を揺らしはじめる。  その横顔は、もうべつのことを考えているみたいだった。 「いつまでここにいんの?」 「もうしばらく」  陽に透けるその髪を眺めて、俺は小さくため息をつくと 「……あんまり遅くならないうちに帰れよ」  あきらめてそんな言葉だけかけてから、踵を返した。  背中には、んー、というなんとも気のない生返事が追いかけてきた。
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