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05
高校近くの裏通りにひっそりと、そのパンケーキ屋さんはあった。
わかりにくい場所にあるわりに人気店らしく、十席ほどしかない狭い店内は、ちょうど俺たちが入ったところで満席になった。お客さんは若い女の子ばかりで、黄色い声と甘ったるい匂いであふれている。
「わあ、かわいい!」
注文したパンケーキが運ばれてくると、桃ちゃんが目を輝かせた。
山盛りのホイップクリームといろんな種類の果物が、これでもかと盛られている。桃ちゃんはスマホで写真を撮ってから、うれしそうにフォークを手にとって
「ここのパンケーキ、ずっと食べてみたかったの」
俺の前に置かれたのは、バニラアイスとベリーソースが載ったパンケーキ。シェアしたいから、と桃ちゃんに言われて彼女とは違うものを注文した。
「わざわざ付き合ってもらってごめんね、智くん」
「え、全然。俺も食べたかったし」
幸い、甘いものは苦手じゃない。こういう女の子が集まるような店にもわりと慣れている。昔から、春子の買い物やらカフェ巡りやらにときどき付き合ってきたから。以前付き合わされた春子の水着選びに比べれば、パンケーキ屋さんなんてなんでもない。
「智くん、甘いもの好きなんだね」
「うん、わりと」
「よかった。私、他にも行ってみたいお店あるんだ。パフェがおいしいっていうカフェとか、ベーグルの専門店とか。またいっしょに行ってくれる?」
「もちろん」
一も二もなく即答すれば、桃ちゃんはうれしそうに笑った。そして俺は、当たり前のように今後の約束をしようとする桃ちゃんに、ちょっとほっとしてしまう。桃ちゃんはこれから先も、俺といっしょにいてくれる気らしい。とりあえず、しばらくは。
「私ね、こういう感じのお店が大好きなの」
パンケーキを一口大に切り分けながら、桃ちゃんが楽しそうに言う。
「隠れ家カフェみたいな。雑誌とかネットでいろいろ探してね、いい感じのお店見つけたら、けっこうすぐ行っちゃう」
「……そういうときさ、一人で行くの?」
できるだけさりげない尋ね方をしたかったけれど、少し声が強張ってしまった気がする。
だけど桃ちゃんは、とくになにも気にしなかったようで
「一人で行くこともあるし、一人じゃ行きにくいお店は、お姉ちゃんに付き合ってもらうことが多いかな」
お姉ちゃん、と俺はちょっとほっとして繰り返してから
「桃ちゃんて、お姉ちゃんいるんだ」
「うん、みっつ上のお姉ちゃんと二人姉妹。智くんは?」
「俺もいっしょ。姉ちゃんがひとり」
「へえ。いくつ離れてるの?」
「ふたつ。今高三。高校は違うけど」
というより、俺が姉と同じ高校は嫌で避けた。
中学生の頃から左耳に三つもピアスを開けていた姉は、校内でもちょっと有名だった。うちの両親は基本的に子どもに甘くて、好きな格好をすればいいんじゃない、なんて呑気に笑っているような人たちだから、派手好きな姉は思う存分好きな格好をしていた。膝のだいぶ上まで短くしたスカートやら、手首につけた銀のアクセサリーやら。目立ちまくる姉のせいで、入学当初は俺まで少し敬遠されてしまったぐらいだ。
だけど。
そんな姉でも、髪は明るい茶髪だ。金髪になんて、一度もしたことはない。
「……桃ちゃんさ」
「ん?」
「春子とも、よく遊んでる?」
うーん、と桃ちゃんは手元のフォークに視線を落として
「こんなふうに、いっしょにカフェとか行ったことはないかな」
「え、そうなの?」
ちょっと意外な答えが返ってきて、思わず聞き返せば
「私が春子ちゃんと仲良くなったの、わりと最近だから。まだお休みの日にいっしょに遊んだりしたことはないなあ。私は遊びたいんだけど」
言われてみれば、少し前まで春子が桃ちゃんといっしょにいる姿なんて見なかった。夏頃までは、春子はずっとべつの友達といっしょにいた。バスケ部の須藤さんとか。
そういえば最近、春子が須藤さんといっしょにいるところは見なくなった気がする。あんなに仲良かったのに。
「なんで春子と仲良くなったの?」
「春子ちゃん、優しいから」
質問に返ってきたのはいまいち噛み合わない返答で、俺は顔を上げて桃ちゃんを見た。
桃ちゃんはあいかわらず、手元のフォークに目を落としたまま
「私のこと心配して、仲良くしてくれてるんだと思う」
桃ちゃんの言葉の意味は、よくわからなかった。
だけど、「心配って」と聞き返そうとしたとき、桃ちゃんが急に顔を上げた。そうして強引に話題を変えるように、「そっちのパンケーキも、ひとくち欲しいな」と明るく笑ったので、けっきょく、それ以上はなにも訊けなくなってしまった。
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