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06
「……またいるし」
公園の前を通りかかったところで、俺は足を止める。あいかわらずその金髪は、遠くにいても一瞬で目に飛び込んでくる。
「なにしてんのー」
昨日と同じように、入り口のところからブランコに座る春子に声を投げれば
「道草ー」
足をぶらぶらさせながら、春子も昨日と同じ答えを返してきた。
桃ちゃんを駅まで送った帰りなので、時間はもうだいぶ遅い。夕陽も落ちて、公園には街灯が点いている。
ぼんやりと暗い公園を眺める春子に立ち上がる気配はなくて、俺はため息をついた。そうして鞄を肩にかけ直すと、春子のもとへ歩いていきながら
「お前さ、家に帰りたくないんだろ」
「違うよ。不良らしく道草してるんです」
「嘘つけ。やっぱ相当怒ってんだろ、おばさんたち」
即座に突っ返せば、春子はうつむいて黙り込んだ。拗ねたように自分の足下を睨むその顔は、不思議なぐらい昔からなにも変わらない。
「髪、黒に戻したらどうですか」
「戻しません」
「なんでだよ。言っとくけどお前」
「似合ってないのはもうわかったよー」
ふてくされたように春子が俺の言葉をさえぎって、ふいと顔を逸らす。
俺はもう一度ため息をついてから、春子の隣のブランコに腰掛けた。
「なあ」
「ん?」
「桃ちゃんってさ」
次の言葉を選ぶのに、俺は少しだけ迷ったあとで
「俺の他に、付き合ってるやつとかいたりする?」
「え?」
春子は不思議そうな顔でこちらを振り向いた。なにを訊かれたのかよくわからなかったみたいに、軽くまばたきをしてから
「……あ、智の前に、誰か付き合ってた男の子がいるかってこと?」
ようやく思い当たったように、そう聞き返してきた。
いや、と俺は首を横に振りかけて、やっぱり思い直す。そうして、うん、と頷くと
「俺の前に、誰かいたのかなって」
「いたよ」
あっさりと返され、え、と思わず情けない声が漏れる俺に
「バスケ部の渋谷くん」
間を置かず、春子が追い打ちをかけてきた。
「……渋谷くんって」
呆けたように繰り返す。
クラスが違うからしゃべったことはないけれど、存在は知っている。イケメンだから。おまけに背も高い上バスケの実力もたしかで、先月あった球技大会ではたいそう目立っていた。女子たちの視線を釘付けにして、黄色い歓声を浴びまくっていた。そんな人だ。
そんな人が。
「マジか……」
渋谷くんのあとが俺って。だいぶランクが落ちている気がするけれど大丈夫なのだろうか。
思いきりうちひしがれる俺の顔を、春子が横から怪訝そうにのぞき込んできて
「なにショック受けてるの?」
「いや、受けるだろ……」
「なんで? 元カレが誰かなんて関係ないじゃん。桃ちゃんは今、智のことが好きで、智と付き合ってるんだから」
わけがわからない、という調子で春子が言ってくる。それでも俺がうなだれていると、「しっかりしなよ!」と強めに肩を叩かれた。痛い。
「そんなこと気にしてたら、桃ちゃんに失礼でしょー。桃ちゃんのこと信じられないの?」
「いや、信じてるけどさ……」
返す言葉が、思わず尻すぼみになる。そりゃ、信じたい。信じたいけど。
だって、いまだにわからない。桃ちゃんは間違いなくかわいいし、モテる。そんな子がどうして俺なんかに告白してきたのか。桃ちゃんなら黙っていても、渋谷くんクラスの男が寄ってくるはずなのに。
「なんでそんな落ち込むの?」
脳天気な春子はどうしても俺の悩みが理解できないようで、心底怪訝な表情で訊いてくる。
「いや、だって、渋谷くんだぞ?」
「うん。だから?」
「超かっこいいじゃん、渋谷くん」
「智だって負けてないと思うけど」
あまりにさらっと言い切られ、へ、と間抜けな声がこぼれた。
春子のほうを見ると、まっすぐに俺を見つめる彼女と目が合った。からかうでもないその真剣な表情に、思わず言葉に詰まっていたら
「だって智、なんだかんだ優しいじゃん。私の気持ちもよく察してくれて、気が利くし」
真面目な顔で迷いなくそんなことを言われ、俺は苦笑しながら頭を掻くと
「そんなの、春子だからだよ」
「へ?」
春子はわかりやすい。気持ちがすぐ顔や仕草に出るし、春子だから察することも気を利かせることもできるだけで、桃ちゃんの気持ちなんて全然わからない。
「春子だからわかるだけ。お前、わかりやすいから」
「え、でも智だけなんだよ? こんなに私の気持ち察してくれるの」
「いや、絶対みんなわかるって」
「わかってくれないって」
不毛な言い合いをしているうちに、なんだか気が抜けて笑った。それに春子も気づいたようで、ほっとしたような顔をする。やっぱりわかりやすい。わからないのは、この突拍子もない金髪の理由ぐらいだ。
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