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「……またいるし」  公園の前を通りかかったところで、俺は足を止める。あいかわらずその金髪は、遠くにいても一瞬で目に飛び込んでくる。 「なにしてんのー」  昨日と同じように、入り口のところからブランコに座る春子に声を投げれば 「道草ー」  足をぶらぶらさせながら、春子も昨日と同じ答えを返してきた。  桃ちゃんを駅まで送った帰りなので、時間はもうだいぶ遅い。夕陽も落ちて、公園には街灯が点いている。  ぼんやりと暗い公園を眺める春子に立ち上がる気配はなくて、俺はため息をついた。そうして鞄を肩にかけ直すと、春子のもとへ歩いていきながら 「お前さ、家に帰りたくないんだろ」 「違うよ。不良らしく道草してるんです」 「嘘つけ。やっぱ相当怒ってんだろ、おばさんたち」  即座に突っ返せば、春子はうつむいて黙り込んだ。拗ねたように自分の足下を睨むその顔は、不思議なぐらい昔からなにも変わらない。 「髪、黒に戻したらどうですか」 「戻しません」 「なんでだよ。言っとくけどお前」 「似合ってないのはもうわかったよー」  ふてくされたように春子が俺の言葉をさえぎって、ふいと顔を逸らす。  俺はもう一度ため息をついてから、春子の隣のブランコに腰掛けた。 「なあ」 「ん?」 「桃ちゃんってさ」  次の言葉を選ぶのに、俺は少しだけ迷ったあとで 「俺の他に、付き合ってるやつとかいたりする?」 「え?」  春子は不思議そうな顔でこちらを振り向いた。なにを訊かれたのかよくわからなかったみたいに、軽くまばたきをしてから 「……あ、智の前に、誰か付き合ってた男の子がいるかってこと?」  ようやく思い当たったように、そう聞き返してきた。  いや、と俺は首を横に振りかけて、やっぱり思い直す。そうして、うん、と頷くと 「俺の前に、誰かいたのかなって」 「いたよ」  あっさりと返され、え、と思わず情けない声が漏れる俺に 「バスケ部の渋谷くん」  間を置かず、春子が追い打ちをかけてきた。 「……渋谷くんって」  呆けたように繰り返す。  クラスが違うからしゃべったことはないけれど、存在は知っている。イケメンだから。おまけに背も高い上バスケの実力もたしかで、先月あった球技大会ではたいそう目立っていた。女子たちの視線を釘付けにして、黄色い歓声を浴びまくっていた。そんな人だ。  そんな人が。 「マジか……」  渋谷くんのあとが俺って。だいぶランクが落ちている気がするけれど大丈夫なのだろうか。  思いきりうちひしがれる俺の顔を、春子が横から怪訝そうにのぞき込んできて 「なにショック受けてるの?」 「いや、受けるだろ……」 「なんで? 元カレが誰かなんて関係ないじゃん。桃ちゃんは今、智のことが好きで、智と付き合ってるんだから」  わけがわからない、という調子で春子が言ってくる。それでも俺がうなだれていると、「しっかりしなよ!」と強めに肩を叩かれた。痛い。 「そんなこと気にしてたら、桃ちゃんに失礼でしょー。桃ちゃんのこと信じられないの?」 「いや、信じてるけどさ……」  返す言葉が、思わず尻すぼみになる。そりゃ、信じたい。信じたいけど。  だって、いまだにわからない。桃ちゃんは間違いなくかわいいし、モテる。そんな子がどうして俺なんかに告白してきたのか。桃ちゃんなら黙っていても、渋谷くんクラスの男が寄ってくるはずなのに。 「なんでそんな落ち込むの?」  脳天気な春子はどうしても俺の悩みが理解できないようで、心底怪訝な表情で訊いてくる。 「いや、だって、渋谷くんだぞ?」 「うん。だから?」 「超かっこいいじゃん、渋谷くん」 「智だって負けてないと思うけど」  あまりにさらっと言い切られ、へ、と間抜けな声がこぼれた。  春子のほうを見ると、まっすぐに俺を見つめる彼女と目が合った。からかうでもないその真剣な表情に、思わず言葉に詰まっていたら 「だって智、なんだかんだ優しいじゃん。私の気持ちもよく察してくれて、気が利くし」  真面目な顔で迷いなくそんなことを言われ、俺は苦笑しながら頭を掻くと 「そんなの、春子だからだよ」 「へ?」  春子はわかりやすい。気持ちがすぐ顔や仕草に出るし、春子だから察することも気を利かせることもできるだけで、桃ちゃんの気持ちなんて全然わからない。 「春子だからわかるだけ。お前、わかりやすいから」 「え、でも智だけなんだよ? こんなに私の気持ち察してくれるの」 「いや、絶対みんなわかるって」 「わかってくれないって」  不毛な言い合いをしているうちに、なんだか気が抜けて笑った。それに春子も気づいたようで、ほっとしたような顔をする。やっぱりわかりやすい。わからないのは、この突拍子もない金髪の理由ぐらいだ。
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