悪魔が笑う森

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「傘がないなら、身体が冷え切る前に帰った方がいいよ。できればもう、この森にも近づかない方がいい」  バーサンと似たような警告をしてくる孫の言葉には、反論を許さない強さが滲んでる。  僕は黙って頭を動かした。縦に。  疲れた。もう何も考えたくない。帰りたい。  身体と心が訴えかけてくる素直な欲求に従いたいのに、「それから」と続けられた声に、足が動くのをやめてしまう。 「あの子には、もう二度と近付くな」  厳しく引き締まった表情(かお)と、警告より遥かに強気な命令は、僕の脳の底にガツンと響いた。 「おばあさんが見た“悪魔”、多分あの子だ」 「悪魔……? あの子って……?」 「わからない?」  戸惑う僕に、一瞬哀れむように眉を下げたかと思うと、男の子はしなやかな動きでかがんだ。  躊躇なく伸びる手が、僕の足の傍に落ちていたあるものを拾う。中年のたまごが真ん中に居座っている、手のひらサイズの丸いポーチを。 「君とさっきまで一緒にいた、あの子だよ」  妖しく笑う男の子の手の中で、りん、りん、と鈴が小刻みに歌った。  
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