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「おばあさん」
澱みかけた空気を吹き飛ばしたのは、短いながらも落ち着いた響き。
バーサンの後ろから、誰か来る。子どもだ。僕とそう変わらないくらいの。
「おや、凜。お喋りは終わったのかい?」
「うん。途中で切り上げてきた」
「いいのかい? リュウちゃんに悪いことしたねぇ」
「いいんだよ。隆平はいつも話が長いし、それに全部付き合ってたらおばあさんを見失ってしまうから」
バーサンの孫か。丁寧な言葉遣いのその子は、皺だらけの手を両手で挟む。死にかけの小鳥でも触るみたいに、とても優しく。
その子は、透明感のある切れ長の瞳を僕に向けて、静かに笑いかけてきた。
「ごめんね。うちのおばあさん、ちょっと変わり者だから。何か変なこと言われなかった?」
「あ……いや、別に何も……」
「そう」
余裕を感じる微笑みはどこかミステリアスで、僕は萎縮してしまった。君のバーサンに絡まれてました、なんて、とても言い出せる雰囲気じゃない。
「それじゃあ、失礼します」
「あ、はい……」
律儀に頭を下げられて、僕もつられて頭を下げる。
手を引かれていくバーサンは、僕とすれ違う直前、ぎょろりとした瞳をもう一度強く開いた。
「あんたも、悪魔に目を付けられる前に、とっとと家に帰るんだよ。いいね?」
最後は一方的にそう言うと、バーサンは孫と一緒にさっさと立ち去っていった。
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