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二つの背中が見えなくなると、さわさわと風が耳を撫でる。世界が優しい音を取り戻すまで、僕はただ突っ立っていた。
変なバーサンだった。もしかしたら認知症かもしれないな。そんできっと、おとぎ話の妖精にでもなったつもりなんだ。
それか、僕の方が、夢でも見てるのか。それにしちゃ景色も音も感覚もリアルだけど。
僕は思いきって自分の頬をつまんだ。おもいっきり、ひねる。
「いってーっ!! 僕のアホーっ!」
馬鹿な子どもの後悔が轟くだけだった。
さすっても消えない痛みを恨めしさに変え、僕は陰気にそびえ立つ木の大群を睨みつける。
『ここには悪魔がいるんだから』
「んなこと言われてもなぁ……」
リフレインした声の残像に、僕は自分の声を被せる。
認知症の妖精には悪いけど、そんなバカバカしい冗談、僕は真面目に聞いてられない。声をかけられる直前、大切な飼い猫がこの森に飛び込んでいくのを見てしまったんだから。
りん。しゃらん、しゃらん。どこかで小刻みに鈴が震えてる。
「心くーん!」
「みーちゃんっ」
僕よりちっちゃなみーちゃんが、心配そうな顔をして駆け寄ってきた。鈴の跳ねる音を連れて。
「心くん。カインちゃん、見つかった?」
「ここに……駆けこんでいった」
僕の指は目の前の森を示す。
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