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「ただ、江戸川乱歩の……“赤い部屋”のT氏の真似でもしたのかなって疑ってはいるけど」
「は?」
「雨が激しかったその日に、うちのおばあさんが見かけたんだって」
「見かけたって何を……」
「悪魔」
端を下げない唇は、間を空けないで答えを返してくる。
「……って言っても、漫画や映画に出てくるような、禍々しい姿の生き物じゃないから」
「じゃあ……何……?」
「もっとおぞましいもの。雨がひどいのに、傘も持たずに森から出てくる一人の女の子を見かけたんだって。その子は慌ててる様子なんか全然なくて、外から森を見上げてくすくす笑ってたんだって」
黒に近い灰色の空。容赦ないどしゃ降りの雨。ずぶ濡れになって、目を半月みたいに細める女の子。
想像した無邪気な姿に、ゾッと鳥肌が立った。
「まあ、あんな雨の日に好んで手ぶらで外に出る子もそういないし、他にそんな目撃情報も出なかったし、結局それはおばあさんの見間違いだったって判断されたけど。おばあさん、実際かなりボケ始めてるし」
「そっか……じゃあ、やっぱり全部、不幸な事故……なんだね」
僕は曖昧な結論で片付けようとした。この話から、逃げたかった。
だって僕は知ってる。森の中には、亡くなった三人の女の子の他に、もう一人いたことを。
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