セキュリティの甘い鞠枝

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「さよなら」と、僕らは同時に言った。  末実が去っていく。どこに帰るのだろう。どこに行くのだろう。  その後ろ姿が見えなくなってから、僕はさっき末実が示した白いセダンに向かった。  トランクを開ける。  そこには、二人の人間が詰め込まれていた。のんきに眠っているらしい鞠枝と、目を向いて体を起こそうとする男。これが浅木ハルオだろう。  二人とも、口にはガムテープが貼られ、後ろ手に重ねた手首には結束バンドが巻きついていた。 「浅木ハルオさんですか」  男はこくこくとうなずいた。 「僕は命の恩人ですよ。あなたを殺害する犯人でもあるけれど」  それだけ告げて、トランクを閉め、運転席に乗り込む。  リアシートの後ろで騒いでいるハルオに聞こえるよう、僕は大声で言った。 「反省しないからですよ。あなたはとうとう見捨てられたんだ。僕の方は、まだ鞠枝を見捨てはしません。彼女が欲しがるおもちゃをこの世から取り上げ続けて、僕たちはまた元の鞘に収まります」  発進する。  それでもまだ、鞠枝は寝ているようだ。  全く、大したものだと思う。  僕も大概だけど、絶対に、鞠枝の方がおっかない人間だと言える。  鞠枝は、僕がどんな人間なのか知っている。何しろ、注意しても悪びれずに鞠枝にまとわりついていた連中を、僕がどうしてやり、どこに「捨てて」いるのかも、鞠枝は知っているのだ。それを見せつけるのが、彼女への「浮気のお仕置き」だったのだから。  なのに、それでもなお、浮気癖が治らない。自分のせいで遊び相手の男たちが死んでいくのに。  どんな性格してるんだ、と思う。  こんな殺人鬼と、それと分かった上で付き合っているなんて、そんな子は他にいないだろう。  実にセキュリティが甘い。でも、愛している。  僕は、末実へはどうやって車を返そうかと考えながら、山に向かってアクセルを踏み込んだ。 終
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