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さて。
季節は秋。日曜日。
ここは僕の自宅の、ワンルームマンションである。山が近い地方都市の、割と真ん中。
目の前のロ―テーブルには、鞠枝が置き忘れて出かけたスマートフォンがある。
いけないとは思いつつ、僕はそれを手に取ってしまった。
スイッチを入れる。
案の定ロック画面も出て来ず、あっさりと操作可能になった。
震える指でガラス面を撫でる。
アプリ一覧から、ワイアを立ち上げた。一応パスワード入力画面が出てきたが、鞠枝の誕生日を入れるとあっさりと開く。
トーク画面に目を滑らせる。
メンバー登録欄の一番上には、僕の知らない名前が載っていた。
浅木ハルオ。
男だ。
ここまで来たらと、浅木とのトーク画面を開く。
スクロールして、二人のやり取りを読んでいった。
どうやら浅木という男は写真に詳しいらしく、鞠枝が趣味で撮った風景や自撮りについて、何くれとアドバイスしていた。
まずい。一芸に秀でていて、面倒見がいい。鞠枝が弱いタイプだ。
そしてやはり、二人は頻繁に会っているようだった。それも夜。直接的にどんな時間を過ごしたかは書いていないが(まあ、自分たちしか書いたり読んだりしないのだから、知れたことをわざわざ書かないだろう)、会う約束と、会った翌日なのだろう「楽しかった」「次が待ち遠しい」というやり取りは、僕を充分絶望的な気分にさせた。
途中からは、僕の悪口もところどころ現れた。
おまけにどうやら浅木は結婚しているらしく、こいつはこいつで「妻」の愚痴を鞠枝にこぼしている。鞠枝は浮気、浅木は不倫というわけだ。
歯ぎしりしながら画面に見入っていたら、なんと、二人は今日まさに逢引しているようだ。約束を取り付けた鞠枝が「秋だし、紅葉とか見に生きたーい」と無邪気にはしゃいでいる。
今頃二人で紅葉狩りか?
くそ。
どうしてくれよう。
その時、ポン、と音がして、トーク画面に新しいメッセージが出た。
僕は危うく、悲鳴を上げるところだった。
<ハルオがアクティブになりました>
現れたこの文字列は、アプリからの報告だった。アクティブとはつまり、浅木ハルオがあちらでワイアを立ち上げ、鞠枝とのトーク画面を出したのだろう。
もちろん、向こうにも僕がアクティブであることは伝わっている。
どうしよう。今すぐアプリを閉じるべきだろうか。それとも、どやしつけてやるべきだろうか。
彼女とはいえ人のスマートフォンを勝手に使っている後ろめたさが、僕をためらわせた。
すると、新たなメッセージが現れた。
<あなたは誰ですか?>
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