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末実は、一つ深い息を吐いた。
「そうですか。……彼氏さんは、動物は?」
飼ったことがあるか、ではない。
「犬猫を何匹か。もちろん、一度も胸が痛んだことはありません」
「人間は?」
「鞠枝の浮気相手を、三人ほど。皆行方不明扱いですが」
末実は、くつくつと笑った。
「同じです。私は、四人」
こういう人間はいるのだ。
自分以外の生命が、傷つけられたり、断たれたりしても、全く意に介することがない。
路上にあるゴミをゴミ箱に捨てるのと変わらない感覚で、人を殺せる。そして、動揺することがないせいで、証拠も残さずにことを運べる。
「鞠枝がスマホをよそに残した状態で拘束してしまったのは、あなたにしてみれば、かつてないミスだったでしょうね。何しろ証拠の塊だ。鞠枝が失踪でもして、僕が鞠枝のスマホを調べれば、真っ先に今日待ち合わせしているハルオさんが疑われ、あっという間にあなたまで警察の手が及ぶ。そこで、鞠枝のスマホの現状が気になったあなたがハルオさんのアカウントから開いてみれば、僕がアクティブだったせいで、あなたとアプリ内で邂逅してしまった。だから、『誰』かと聞いた。だから、僕をここに呼び出した。だから、鞠枝のスマホを持ってくるよう指示した」
そこで一度言葉を切ってから、僕は、ゆっくりともう一度口を開く。
「さっき……車で場所を変えようと言いましたね。僕を、どこへ運んでいくつもりだったんです?」
最初から、この人は、僕を無事に返すつもりはなかったのだ。
「……そこまで、分かっているということは」
僕は両手を軽く広げ、肩をすくめた。
「鞠枝のスマホは置いて来ました。僕が戻らなければ、早晩、知人が見つけるよう手配してあります」
末実が、ベンチの背もたれに体重を預ける。その肩から力が抜けていた。
「……まさか、鞠枝さんがスマホを置き忘れて来るなんて思いませんでした」
「色々と、セキュリティの甘い子なんです。普段から参ってます」
二人で苦笑する。
「私は、夫が好きでした。ただ、反省してくれればいいだけなんです。いつか分かってくれると思って、障害を取り除き続けていたのに」
「鞠枝を、どうやって始末する予定だったんです?」
末実は、そっと僕に耳打ちした。
接着剤。地下。頸。結束バンド。いくつかの薬品。レンガ。発泡スチロール。
そしてやはり、末実も僕と同様、自分だけの『死体捨て場』を近くの山に持っていた。
「……完璧だ」
「ありがとう。ハルオのことは、諦めます。どの道、これが最後だと思ってたから」
「もう別に、好きな人がいるんですか」
「いいえ。いつも浮気性の人ばかり好きになるから、今度は気をつけないと。お互いのためですものね」
そう言って末実は立ち上がった。僕に、車のキーを渡してくる。
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