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僕の目の前に、一台のスマートフォンがある。
僕の、ではない。
ローテーブルに、画面を下にして置いてある。
これを、拾い上げていいものか。
きっとろくにロックもされていない。
その中を、見てしまっていいものだろうか。
頭では逡巡しながら、僕の右手は薄っぺらい機会に向かって伸びていった。
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大学生である僕らにとって、今や「ワイア」は、ほぼ誰もが標準装備しているメッセージアプリだった。
立ち上げるとブルーの画面がスマートフォンに広がり、それからメンバーに登録している人々の一覧が表示されて、それぞれとメッセージのやり取りができる。
問題は、僕の恋人である、同級生の木戸鞠枝のことだ。
ワイアは他のSNS違い、元々本名が表示されるのを基本とした仕様だったので、さすがに今ではハンドルネームを名乗っている利用者が多いものの、本名がそのまま表示されている人もまだまだいる。
鞠枝もその一人だった。アイコンも自撮りだ。セキュリティ面が気になって何度か注意したけど、聞き入れやしない。
彼女には、困ったことに、なんというか、浮気癖があった。
それも、ワイアで出会った男とすぐに接近してしまう悪癖とセットである。
色んな意味で、セキュリティが甘いのだ。でも、どうしても好きで好きで別れられないし、鞠枝も僕と別れようとはしない。
浮気される度に、僕なりに何度も鞠枝に説教やいくらかの「お仕置き」をした。
でも、ちっとも治らない。
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