セキュリティの甘い鞠枝

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 僕の目の前に、一台のスマートフォンがある。  僕の、ではない。  ローテーブルに、画面を下にして置いてある。  これを、拾い上げていいものか。  きっとろくにロックもされていない。  その中を、見てしまっていいものだろうか。  頭では逡巡しながら、僕の右手は薄っぺらい機会に向かって伸びていった。 ■  大学生である僕らにとって、今や「ワイア」は、ほぼ誰もが標準装備しているメッセージアプリだった。  立ち上げるとブルーの画面がスマートフォンに広がり、それからメンバーに登録している人々の一覧が表示されて、それぞれとメッセージのやり取りができる。  問題は、僕の恋人である、同級生の木戸鞠枝(きどまりえ)のことだ。  ワイアは他のSNS違い、元々本名が表示されるのを基本とした仕様だったので、さすがに今ではハンドルネームを名乗っている利用者が多いものの、本名がそのまま表示されている人もまだまだいる。  鞠枝もその一人だった。アイコンも自撮り(セルフィ)だ。セキュリティ面が気になって何度か注意したけど、聞き入れやしない。    彼女には、困ったことに、なんというか、浮気癖があった。  それも、ワイアで出会った男とすぐに接近してしまう悪癖とセットである。  色んな意味で、セキュリティが甘いのだ。でも、どうしても好きで好きで別れられないし、鞠枝も僕と別れようとはしない。  浮気される度に、僕なりに何度も鞠枝に説教やいくらかの「お仕置き」をした。  でも、ちっとも治らない。 ■
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