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3年後(エピローグ)
あれから3年が経ち、僕は地元のコンビニでバイトをして生計を立てていた。と言っても実家暮らしだが。
10月の末、久しぶりにまとまった休みが取れた。そういえば、あの駅そばのお姉さん、声優になれたのかな……? 連絡先も聞かなかったし分からない。
そうだ、とばかりに久しぶりに青森に行ってみることにした。
お昼頃、札幌から在来線特急と新幹線を乗り継いで、青森白神駅に着いた頃には夜になっていた。
「青森白神、青森白神、終点です」
録音された音声のアナウンスが流れる中で列車を降りた。どこかで聴いたことのあるような……。
ともかくあの駅そばを探す……、あ、あった!
「いらっしゃいませ!」
聞き覚えのある声がする。カウンターを見るとあの時のお姉さんがいた。こちらに気づいた彼女は、
「あ……、3年前に会った先輩ですか?」
僕は黙ってうなづくと、
「お久しぶりです! すみません、……出戻りしちゃいました」
「いやいや、謝ることじゃないよ」
僕がそう言うと、あの時と同じ、少し寂しそうな顔を浮かべて彼女は続けた。
「養成所は卒業出来たんですが、プロダクションに入れなくて、また養成所に入りなおそうかと思った時、父が倒れたと連絡を受けて……」
「そう、だったんですか」
「父はあきらめるなって言ってくれたんですけど、お蕎麦屋さんのことを聞いたら、後を継ぐ人は居ないから、俺の代で閉めるつもりだって言われて。そしたら、先輩の顔が浮かんで……」
「ぼくの?」
「はい。ああいう出会いがあるのはこの場所があるからですよね。だからこっちに帰って、お蕎麦屋さんをしながらフリーで仕事を探すのもいいかなと思って……。父は今、一週間に一、二度しか店に出られないのもあるんですけどね」
そうか、そういう選択肢もありかと思った。しかし、この仕事はほとんど東京にある。
「でも、こっちだと仕事ないでしょ?」
「確かに声優としての仕事はほとんど無いけど、ここの駅のアナウンス聞きましたか?」
思い出してみる。そしてハッとした。
「そうか、あれは君の声!」
「はい。今はフリーのナレーターとしても仕事をしています」
いろいろな道があるものだと思って、ぼくは思わず嬉しくなった。
「あの、ところで、今は一人でこのそば屋を?」
「はい。色々大変ですけどね」
それを聞いた僕は、
「あの……、突然だけど、僕を雇ってくれませんか? お姉さんがナレーターをしている間も、店を閉めなくて済むし、その……」
お姉さんは、少し顔を赤くして、
「ええ、いいですよ」
――それが、そばと言うありふれた食べ物がつないだ恋の始まりだと気づくのに、さほど時間はかからなかった。
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