夢と現実の狭間で

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夢と現実の狭間で

 夢は、叶えるべきものなのか、叶えられ無いから夢なのか……。  誰しもが憧れる「声優」  僕も夢を叶えるべく3年前に上京し、声優養成所を去年卒業したのだが、プロダクションの預かりにすらなれず、資金が底をついてしまった。  親の援助は受けないことが条件だったのでいまさら頼ることも出来ず、その道を仕方無く諦め、3月のまだ肌寒い中、東京から故郷の札幌に帰るところだ。  普通なら飛行機を使うところだろうが、お金が無いので「東日本・北海道パス」を使って朝7時に上野駅を出発してから普通列車を乗り継いで、青森白神駅にたどり着いた時には夜10時を過ぎていた。  青い森鉄道とJR奥羽本線の終点、青森白神(あおもりしらかみ)駅。かつては堂々と青森駅を名乗り、北海道と本州を結ぶ交通の要衝であった。  しかし、北海道新幹線の開通と同時にその座を新青森駅に譲り、県内の観光名所である三内丸山遺跡、白神山地への玄関口として新たなスタートを切っていた。  今日はこれから青森港に向かって函館行きのフェリーに乗る予定だ。その為に改札を出ると、一軒のそば屋さんが店を開けていた。  そこはどこにでもありそうな駅そばと言った風情だ。ここに来るまでに三軒ほど蕎麦屋に立ち寄ったのだが、ちょうどお腹も空いたことだし、寄って行くことにした。  店の中に入ると「いらっしゃいませ!」と、若い女性の明るい声に出迎えられた。こういう店はおばちゃんと相場が決まっている気がするので、珍しいと思いながら顔を見ると、20歳くらいのスレンダーで綺麗なお姉さんがにこやかな顔を見せている。  店内に他にお客さんは無い。綺麗なお姉さんと二人きり……、こういうシチュエーションは、なぜか嬉しくなってしまう。  メニューを見ると、かけそば、月見そばと言った駅そばの定番の中に「縄文そば」なる珍しいメニューを見つけた。値段は400円。少し高いが、面白そうだなとそれを注文することにした。  お姉さんは手際よくそばを作り、3分くらいで「お待たせいたしました」の声とともに、クルミなどの木の実や山菜などがたくさん入ったそばが出て来た。  食べてみると、ダシが意外と効いていて、木の実のしっかりとした歯ごたえと、添えられた山菜はなかなかのものだった。そばは業務用のもので、正直あまり期待していなかったが、意外といける。  まだ少し時間に余裕があったので、お姉さんに話しかけてみることにした。 「美味しいですよ」 「あら、ありがとうございます」 「いえいえ。なかなかのものでしたよ」 「そうですか?」  笑顔がとても可愛い。 「ええ。実はこれから北海道に帰るところで、いくつかの駅そばを食べたんだけど、ここのは特に美味しいですよ」 「あら、うれしいです」 「このダシはお姉さんが作ったんですか?」 「ええ。父に教えてもらいまして」  なるほど、受け継がれる味と言うことか。 「ところでお客様は、ご旅行か何かでここにきたのですか?」  少し答え辛い質問だ。本当のことを言えば空気が重くなりそうだ。  一瞬迷ったが、旅の恥はかき捨てとばかりに、 「実は……、声優を目指して上京したんだけど、結局ダメで、これから札幌に帰るところなんです」  それを言った途端、彼女の表情が曇った。 「そうだったんですか……」 「あ、ごめんなさい、暗い話しちゃって」  取り繕うように頭を下げると、彼女は、 「いえ、大丈夫ですよ」  少し作り笑いを見せて、一呼吸置いた後、 「実は私、来月上京して声優養成所に通うんです。子供の頃からの夢で。父の許可がようやく降りて……、でも、やっぱり難しいんですね」  そういうとまた表情を曇らせてしまった。まずいと思った僕は、何か出来ることは無いかと考える。少しの後、ひらめいたことを実行に移すことにした。 「お姉さん、自分で作ったそば、食べることはありますか?」 「あ、はい、たまに……、食事がわりにですが」 「今、食べてみませんか? お金は僕が出します」  お姉さんはきょとんとして、 「ええっ!? あの、ここは飲み屋さんではありませんよ?」 「いえ、勘違いはしていませんよ。ちょっと伝えたいことがあります」  道をあきらめた身の上、思い上がっていると言われればそれまでかも知れないが、この美味しいそばを作れるお姉さんに伝えたいことがある。  誤解されないようにか「休憩中」の札を出し、お姉さんは手際良く自分のそばを作り、すすり始めた。
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