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「あっ、ありがとう」
ビニール袋から取り出し――いざ、改めて桃色の波へ。ひと匙掬い、口に運ぶ。
「……課長?」
するりと喉に流れた物体が残す後味に、目が泳ぐ。
「甘いぃ」
40を越えたオッサンが、昼から口にする食い物じゃない。嫌な予感はしていた。そして、それを裏切らず、甘酸っぱい、いや甘ったるいプルプルは、イチゴシロップ味のゼリーだ。しかも、常温だから生ぬるい。
「課長、甘党でしたっけ?」
「いや」
「ゼリー、お好きでした?」
「特に」
「あの、もしかして、奥さんと何かありました?」
「おい、将!」
最後の突っ込みは、入社5年目、部内最年少の間千田将クン。歯に衣着せぬ物言いが、今時の若者らしい。
隣で、彼の教育係の会荏田クンが、冷や汗を浮かべて諌める。
「いや、いいんだ」
悪気がないことは分かってるから、不躾な指摘を苦笑いで流す。
「課長、俺達と飯食いに行きませんか?」
まだ何か聞きた気な若者の背中を押し退けながら、会荏田クンが誘ってくれる。
「ありがとう。でも、大丈夫だから。気にしないで行ってよ」
精一杯、強がりの笑顔を作って、社員達を見送った。
それから、視線を斜め前にゆっくりと落とす。自己主張の強い愛情が、押し売りのように待ち構えている。
空腹だったはずなのに、胃の辺りに消えた先程の一欠片に食欲を奪い去られてしまった。なんたる破壊力。
「課長、後程、お召し上がりになるおつもりでしたら、冷蔵庫でお預かりしますが」
「……頼むよ。ありがとう」
眼鏡の奥の一重を細め、富士嵜女史は微笑んだ。逃げ道を用意してくれる辺り、流石の年の功に加え、彼女の人柄が伺える。まんまと乗っかった僕は、蓋を閉じた弁当箱を手早く包み直すと、彼女に委ねた。
「ちょっと外回りに行ってくる」
「はい。ご苦労様です」
得意先を2、3軒回って、立ち食いソバでもやっつけるか。時間も小遣いも余裕がない、しがない中間管理職には、そのくらいしか選択肢はなかった。
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