そのココロは

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 それにしても、だ。  機械打ちの白っぽいソバを、ゾゾゾッと快活に啜る。  『財布に優しい』が謳い文句の、首都圏を中心にチェーン展開しているソバ屋で、遅い昼メシの月見を味わう。サービス品の揚げ玉とネギをたっぷり入れて、七味も軽く振る。半分までは、満月を崩さぬように慎重に箸を進め、残りの半分は大胆に黄身を絡めて掻き込む。丼の底が覗くまで平らげると、不意討ちを食らった胃袋が、ようやく落ち着きを取り戻した。  少し冷めた番茶でシメて、一息吐く。  間千田クンの指摘は、意外にも図星だった――。  昨夜、僕は奥サンと口論になった。ケンカか、というと、ちょっと違う。意見の対立、そんな感じ。 『研究授業が近いから、お願いしてるの』  夕食の洗い物を終え、彼女は黄色と紺のマグカップを手に、ダイニングに戻った。テーブル脇に出しっぱなしの瓶から、コーヒーとミルクを順番に入れ、8分目までお湯を注ぎ、1つのスプーンで2つのカップをかき混ぜる。それから、紺のカップを僕の前に滑らせ――やや憤慨気味に、先程の台詞を口にした。 『そりゃ、君の事情も分かるけどさ、僕も部長のお供は外せないんだよ』  湯気の立つマグカップから一口含む。  奥サンは、小学校教員だ。この春から、担任業務に加えて、新卒採用で赴任したての『先生のヒヨコ』ちゃんの指導を任されている。来週の火曜日、ヒヨコちゃんの研究授業――いわば先輩教員達による指導目的の授業発表会――が行われるそうだ。  どんなに準備して頑張っても、愛ある突っ込みを受けることは必至なのだが、土壇場でヒヨコちゃんの資料にミスが見つかった。責任感の強い奥サンは、連日残業続きだ。
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