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「で、どうしたの?虫…じゃなくて昆虫食」
「調理しちゃって残しておけない分は捨てて、後は冷蔵庫で保管してる。夕飯はお・す・し!お兄ちゃんの財布から、お寿司代出してもらった」
「お兄さんかわいそー!でも自業自得か。お寿司ってどこの?」
「近所の平松屋さん。初めて食べたけど美味しかったよ」
次の日、高校で女友達とぎゃあぎあ騒ぐ。お兄ちゃんはこんなはずじゃなかったって言いながら、食べられない虫をタッパーに入れ冷蔵庫で保管し、朝早く帰ってきたお母さんが悲鳴を上げた。お兄ちゃんはこっぴどく叱られて、すっかり落ち込んでた。悪いことしたなって思うけど、昆虫食は私もお母さんも無理だよ。お父さんは面白がるかもしれないけど。
「でもさ、昆虫食って人気あるみたいだよ」
スマホでさくさく検索する女友達に顔をゆがめる。何で昆虫食に興味持つの
さ。お寿司を食べようと思ったら、昆虫食が並んでいるなんて悲劇だ。いや、喜劇かもしれない?とにかくいつもの食事が一番だよ。
「味付けとか調理方法とか、変えたら大丈夫なんじゃない?」
ほらっとスマホを私に渡してくる。検索結果の中から女性におススメの居酒屋とか、昆虫食を提供しているお店の常連さんのレビューをいくつか読んだ。
「確かに、地球に優しいかもしれないけど、でもねぇ」
「まあ、そうだよね」
友達と一緒に苦笑いしていると、隣の席の男子がこちらをじっと見ているのに気がついた、机の上に教科書とノートを広げて、宿題か予習かとにかく数学の勉強をしているようだった。
「あ、ごめん。うるさかったね」
自分たちのバカバカしい話が聞かれていたと思うとちょっと恥ずかしかった。しかも昆虫食だ。気味が悪いって思われたかもしれない。色白に黒い眼鏡をかけた小柄な同級生が、やわらかく笑った。
「僕のおじさん。昆虫食の研究してて、料理セミナーとかやってるんだ。参加してみない?」
私と友人はきょとんとしてから顔を見合わせる。大人しくて普段滅多に自分の意見を出さないクラスメートを、まじまじと見つめてしまった。私たちの視線に頬をほんのり赤らめて顔をふせた。
「ごめん。急に変なこと言って。でも、そんなにマズくないよ」
女友達はほんの少し考えてからにこりと笑った。
「じゃあ、私行ってみようかな」
「今度の日曜日、市の公民館でやるんだけど、二人とも参加で良い?」
女友達が嬉しそうに笑う。しおらしく、瞳を潤ませて乙女な表情をしている。
友よ、君は儚げな男が好みだったのか。
遠い目をしながら二人が昆虫食の話題で盛り上がるのを眺める。
私は断ろうと思ったけど、どうも断りづらい雰囲気にいつの間にかうなづいてしまっていた。
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