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「何これ」
「うん。これが今日の夕食」
真面目な顔でうなづく兄を睨みつけ、妹の私は体をワナワナと震わせた。令和の時代には似つかわしくない、昭和の行動を今こそ実行したかった。
「こんなの食えるかー!」
兄がさっとテーブルの上に手を置いて、私の行動を阻止しようとする。本気でテーブルをひっくり返す気はなかったけど、何もかも台無しにしたい気分だった。
「やめろよ。今日の夕飯なんだから」
「夕飯って、これ、虫じゃん!ヤダヤダヤダ!」
「贅沢を言うな。世の中には食べたくても食べられない人たちが…」
ぐうッと黙って虫がのってるお皿に視線を向けたけど、やっぱり食べる気にはならなかった。そりゃ、何も食べる物がない人と比べたら自分がどれだけ贅沢で我儘かわかってる。だからといって、虫を食べることはないんじゃないだろうか。テーブルの上にはよく知らない、虫の料理がのっている。兄が言うには昆虫食らしいけど虫は虫だ。この前テレビの特集で、昆虫食は地球を救うという番組を食い入るように見ている兄を私は笑っていた。
「せめて野草とか」
「昆虫食は栄養もあるんだ。美容にも良いらしいぞ」
にんま笑う兄から視線を逸らす。食欲の秋だと言って食べ過ぎたのを気にしていたのを、ばっちり知られている。
「虫は動物を育てるよりも費用が安くてすむし、成長が早い。万が一食糧難になった時は、昆虫食は大いなる自然の恵みとして…」
「うるさい、うるさい、うるさーい!そんなの食べ物がなくなってから考えれば良いじゃん!」
「なくなった時に考えてもオセーんだよ!」
昆虫ののったテーブルを挟んで、私は兄とにらみ合う。今夜は食事抜きでも良いかな。これからコンビニでも行って自分だけ違う物を食べても良いかもしれない。いつもならそうしていただろうし、兄のバカげたことにつき合いすらしない。ただ、今日は、両親が二人とも仕事で出張している。お金を多めに残してくれたから、滅多に食べないお寿司を取るはずだったのだ。それがこの馬鹿な兄は!くそうっ!両親は当然のように兄にお金を渡し、二人でお寿司をとろうと今朝話していたのだ。こんなことになるなら私がお金を預かっておくんだった。悔やんでも悔やみきれない。一体、この虫をどこで購入したんだろう。聞くにもなれなかった。
私は大きく深呼吸して、引きつった笑みを浮かべる。私が落ち着いたのに気がついて、兄は明らかにほっとした表情を浮かべていた。
「じゃあ、先に食べてよ。この虫」
「え?」
ここで兄の表情がさっと変わる。
「えって今日の夕飯なんでしょ?用意した人が先に食べてよ」
兄の反応が良ければ一口ぐらい食べてやっても良い。すると兄は恐る恐るスプーンを持ち、イナゴらしいものをすくって口に入れた。ゆっくり噛み砕いていく兄の表情は忘れられない。ゆっくり食べた後、スプーンをテーブルにことりと置いてうなだれた。
「兄ちゃん、肉が食いたい」
「どーすんだ!この虫ー!」
腹を立てた私は、手直にあった皿を指さし叫んだ。
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