第四話:色インク

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第四話:色インク

 夏男は芸術家だった。デブチンでインク漏らしでいつも大の字で寝ていたが、才能だけは一流であった。生まれてからずっとデブチンだった少年時代から彼の絵画の才能は際立っていたのだ。  タイトル『となりのみつこちゃん』  これが彼の中学一年生の頃の作品である。この作品は初々しく、また痛ましい。この絵には孤独な少年の愛を求める叫びが赤裸々に描かれている。モデルの顔は楕円で描かれ、そのおでこのてっぺんに髪が三本描いてある。目は点で描かれ、鼻も2つの点、口は半円で描かれていた。体は顔の下に楕円で一筆で描かれ、そして手足は一本線で描かれている。これはモデルを通して夏男の成長することで純真さが失われていくことへの悲しみが描かれているのだ。紛れもない天才の芸術作品である。これだけでも間違いなく夏男の作品は芸術史に残るものだ。しかし彼の才能に気づく者は海子が現われるまで誰もいなかった。そして今もなお世間は夏男の芸術を認めていなかった。  夏男は色インクがないことにふて腐れて寝ていたが、頭の中にインスピレーションがフツフツと沸き起こってくるのに耐え切れず、机に向うと、キャンバスに向かって感情の赴くままに描き始めた。  夏男はここまで書き終わり、早速完成した作品を見てみた。クソが!ダメだ!色インクがないと俺さまの筆は飼い慣らされた獣のように大人しくなっちまう!やっぱり俺には色インクが必要だ!クソが!と夏男はいつものようにキャンバスを破り捨ててしまった。  夏男は再び大の字になる。天才の俺さまには色インクが必要だ!世界で認められる芸術家になるには色インクが必要だ!だが海子のアンポンタンは金がないとか抜かしくさる。夏男は怒りのあまり黒インクを漏らしそうになった。しまった!と彼は慌ててゴミ袋を持つ。間一髪でゴミ袋はこぼれたインクが床に落ちるのを防いだ。アブねえぜ。ウシシ!だって床にインク漏らしたら即追い出されるからな!と夏男は顔をほころばせた。追い出されたらあの頃のように寒さに怯えながら野宿しなくちゃいかん!そんなのは嫌だ!しかしこのままだったらまたあの頃の悲惨な生活に戻っちまう。どうすれば……。 「クソが!」と夏男は大声で怒鳴る。海子の野郎!俺さまが命賭けで芸術作品を書いてるのにアイツは何をやっておるんだ!色インクを買う金さえないなんて嘘に決まっておるわ!絶対ヘソクリだ!奴は隙きあらば俺さまから逃げだそうとしていやがるんだ!  海子は毎日朝から晩まで猛烈に働いていた。夏男に偉大な芸術作品を書かせるために、一刻も早く夏男に最高級の『色インク』を届けたい一心で……。
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