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9.未来へ-1
ジリリリリリリリ
「真! 起きなさいよ!」
目覚まし時計の音と千秋の大声で、真一郎は目を覚ました。
「今日はバイトなんでしょ? 早く起きなさい!」
目を開けると、目の前に怒ったような顔の千秋がいた。大声で急かす彼女は、すでにスーツ姿だ。すぐにでも出かけるつもりのだろう。
「あー……千秋はもう行くのか?」
「そう! 真も遅刻しないでよ! あたし、もう出るからね!」
まだねぼけている真一郎に再び大声で念を押すと、千秋は部屋を出ていった。バタン、とドアが閉まる音がやけに大きく聞こえる。
(もうこんな時間か……)
一人になった真一郎が時計を見ると、もうすぐ八時になるところだった。千秋にとっては遅刻ぎりぎりの際どい時間だろう。
そこまでして起こさなくていいのに、と思いながら真一郎はベッドから起き上がった。ふと、思い出す。夢を見たような気がする。千秋が真一郎を抱きしめ、どこにも行かないでと泣いていた。そして二人は一晩中抱き合って離れなかった。もちろん、ただの夢だ。
真一郎も身支度を整え、家を出る。
千秋とケンカしてから、二ヶ月ほどたった。あれ以来、二人の仲は元に戻り、真一郎の居候生活も相変わらずだ。ケンカの原因になったコンビニは辞め、今は近くの喫茶店でアルバイトをしている。
アパートの階段を降りていると、冷たい北風が吹きつけてきた。季節はもう冬。風の冷たさが身にしみる季節だ。
しかし、真一郎の心の中は、むしろ浮き立っているのだ。年末には、千秋とともに実家に帰るつもりだ。千秋にも、父に会ってほしかった。
昨日さりげなく部屋でそんな話をしたところ、最初、千秋は奇妙なものを見る顔をした。
「なにそれ。あたしが、あんたのお父さんにあいさつに行くっていうの?」
「別にそんな堅苦しいのじゃなくて、普通に遊びに行くくらいのつもりでいいんだ。親父も楽しみにしてると思うんだよ」
「そういう問題じゃないでしょ? 彼氏のお父さんに会うっていったら、ねえ?」
千秋は自分が言いたいことをはっきりと言わないまま、真一郎に同意を求めた。
「どういうことなんだよ?」
「はあ……。なんで真って、そういうの、わからないの?」
「だから、何のことだよ」
「まったくもう……。真のお母さんって、もう亡くなってるんでしょ?」
「そうだけど」
「ってことは、真にとってはお父さんが唯一の家族ってことじゃない。彼氏の家族にわざわざ会いに行くってことはね、つまり、……」
なぜか千秋が急に口ごもった。普段は恥ずかしがるなんてことがほとんどない彼女なのに、どうしてこういう変なところで恥ずかしがるのか、真一郎にはよくわからない。
「つまり?」
「つまり、あたしたち結婚するつもりだって言ってるようなものでしょ、ってこと!」
やけになったかのように、千秋は大声を出した。
「あ……」
真一郎も、ようやく千秋が言いたいことを理解した。
「そ、そうか……。さすがにそれは、まあ、無理か……」
恋人として一緒に暮らしている二人だが、結婚の話は一度もしたことがなかった。
真一郎にしてみれば、定職にもついていない自分が千秋と結婚できるとは、思っていなかった。千秋は、いつかはもっといい男を見つけて、結婚するつもりなのかもしれない。そう思っていたから、今まで言い出せなかったのだが。
「……まあ、いいけど」
千秋が小声でつぶやいた。
「え?」
「真のお父さんは、一人暮らしで寂しいんでしょ? そのくらいの親孝行、してあげなきゃだめだもんね」
「いいのか?」
「とりあえず、実家にはついていってあげる。結婚の話は別だから」
「よし、じゃあ、決まりだな。早く切符取らないと」
話は終わったとばかりに、真一郎は立ち上がる。本当にすぐ切符を買いに行く気かもしれない。
「え、ちょ、ちょっと……気が早くない?」
「なに言ってるんだよ。もう十二月なんだ。年末まで、あと一ヶ月もないぞ」
「まあ、そうだけど……なんか、心の準備が」
「だから、そんな堅苦しくなくていいから」
「ああもう……」
千秋はまだ何か言い足りないようだ。彼女は少し考え、
「真のお父さんに、いつ結婚するんだとか聞かれたら、どう答えるつもりよ? 真、あんたも、ちゃんと考えておいてよね!」
声を張り上げてそう言った。
「え?」
「もう、この話おしまい! あとで切符買えたら教えて。あたし、友達と用事あるから」
真一郎が言葉の意味を理解するよりも早く千秋は立ち上がり、さっさと部屋を出ていってしまった。
(あれって、少しは俺と結婚する気があるってことでいいのか……?)
昨日の千秋を思い出しながら、真一郎は考えていた。しかし、真一郎にはよくわからない。
千秋は、いつも自分の言いたいことをずばりと言うくせに、こういう大事なことに限って、はっきり言わないのだ。
(……まあ、年末までに考えておけばいいよな)
真一郎は楽観して、思考を頭の隅に追いやった。もうすぐバイト先の喫茶店につく。
時間はまだあるのだから、ゆっくり考えればいい。それに、不思議と、悪いようにはならない気がするのだ。真一郎は年末が楽しみだった。
*
夕方。
喫茶店でのアルバイトが終わり、真一郎は帰路についた。
すでに空は暗い。十二月の日暮れは早いのだ。しかし街中は色とりどりのイルミネーションで飾られ、にぎわっている。
北風が吹きつける中、ショーウインドウが並ぶ大通りを歩いていると。
(……ん? あの二人、もしかして……)
真一郎は足を止めた。
ショーウインドウを見つめる少年と少女。その後ろ姿に、見覚えがあったのだ。
「ジェム! スカーレット!」
声をかけると、二人は振り返った。
「真一郎!」
「久しぶりね!」
そばに駆け寄ると、二人とも真一郎に笑顔を向けた。
と同時に、真一郎は、二人が手を繋いでいることに気づいた。ジェムとスカーレットの関係にも、何か変化があったのだろう。
真一郎が繋いだ手を見たことに、ジェムだけが気づいたようだ。さりげなく手を離して、真一郎に向き合う。
「二人とも、そんな格好で寒くないのか?」
手を繋いでいることは見なかったことにして、真一郎は二人の格好を心配した。秋に会ったときと同じ服装なのだ。
「大丈夫よ。私たち、人間とは違うもの。ね、ジェム」
スカーレットがジェムに目配せする。
「うん。今日は暖かいほうだと思うよ」
「そうか?」
真一郎には二人の言葉が信じられないが、実際、二人の頬も唇も血色がよかった。
少し雰囲気が変わったな、と真一郎は思う。どこがどうとはうまく説明できないが、二人とも少しだけ大人の顔に近づいた気がする。
「ねえ、真一郎」
「ん?」
ジェムがショーウインドウの指輪を指さして真一郎に尋ねた。
「人間の恋人同士って、こういうのをプレゼントするの?」
「なんだよ、急に……」
ジェムが指さしているのは、ダイヤモンドのはめこまれた指輪だった。とても気軽に買える値段ではない。
「これはダイヤモンドの指輪。つまり結婚指輪だよ。結婚するとき、男から女に渡すんだ。ダイヤモンドは硬いから、永遠の愛の証なんだってさ」
「そうなんだ……」
初めて知ったとばかりに、ジェムは指輪を熱心に見ていた。
「言っておくけどな、そんなに簡単に買えるものじゃないんだぞ」
言いながら、真一郎は我が身に返ってくる言葉だと思った。もし千秋と結婚できるとして、結婚指輪はどうするのか。真一郎には当然あてはない。
「ジェム、指輪よりおいしいものを見に行きましょうよ。人間の食べ物っておいしいんでしょう?」
スカーレットがジェムの手を引っ張る。ジェムはうなずいた。
「うん、そうだね。真一郎は、おいしい食べ物のお店知ってる?」
「そう言われてもな……なあ、そもそも、金とか持ってるのか?」
「今は、持ってないけど。いつか買えたらいいなあって思って、今は見てるだけだよ」
ジェムは当然とばかりに言う。真一郎は内心苦笑した。
(相変わらずだな……)
ジェムは吸血鬼。スカーレットは人狼。二人とも、人間の常識とはかけ離れた存在だ。その二人が人間の街に来ていること自体、考えてみれば不思議なことなのだ。
「いつか、って……あてはあるのか?」
「一応、ね……」
ジェムがスカーレットのほうをちらりと見る。スカーレットは大きくうなずいている。
「大丈夫よ。時間はかかるかもしれないけど、きっとうまくいくわ」
「何か考えがあるのか?」
真一郎にとっては、不思議でしょうがなかった。あの屋敷で、周囲との関わりのない生活をしている二人が、どうやって人間の世界のお金を手に入れるというのだろう。
「ほら、見て。私とジェムで作ったクッキーよ」
スカーレットが肩にかけていたカバンから、袋詰めされたクッキーを取り出した。ハートや星の形をしたクッキーが、色とりどりの台紙とともに袋に入れられ、リボンがかけられている。
「お屋敷でこれを作ったら、街に持ってきて人間に買ってもらうの。そうすれば、人間のお金がもらえるでしょう?」
「まあ、たしかに……」
よく見ればクッキーの袋には、小さな数字が書かれたタグがついている。これが値札なのだろうか。
「……でも、そんなに簡単にいくか?」
「そんなの、やってみなきゃ、わからないじゃない」
真一郎が思わず口にした言葉に、すかさずスカーレットが反論する。ジェムもその通りとばかりにうなずいていた。
「ああ、悪かった。二人とも、本気なんだな」
「当然よ。私たちのこれからの生活がかかってるのよ」
スカーレットがクッキーをしまいながら、つぶやく。その言葉が真一郎には引っかかった。
「生活……? 今までみたいに、あの屋敷に住んでるんじゃないのか?」
「そうだけど……」
少し不機嫌になってしまったスカーレットのことを気にしつつ、今度はジェムが答えた。
「たしかにあの屋敷にいれば、今まで通りの生活ができるんだけど……僕が最初に言い出したんだ、このままでいいのかなって」
「どういうことだ?」
「もう、あの屋敷に吸血鬼は僕ひとりしかいない。マリエの帰りを待つ必要はなくなって……そうしたら、僕があの場所にいる理由はもうないのかなって思ったんだ」
ジェムが、マリエ、と呼ぶときの声にはいつも特別な響きがある。そこにかすかな悲しみが秘められているのは、間違いないだろう。
「あの場所が嫌いになったわけではないんだけど……スカーレットと二人で暮らしていても、今までと同じ時間が過ぎるだけなんだ。何の変化もない、何も起きない、あの場所で死ぬまで暮らすのかと思うと、それは何か違うなって思って……」
「……私もそう思うわ。あのお屋敷も好きだけど、ずっとあの場所にいるのは、息が詰まる気がする。
だからね、私が言ったの。ジェムはせっかく魔法が使えるんだから、もっと、私たちが知らない世界を見に行こうって」
いいながら、スカーレットとジェムが視線を合わせる。そこには、二人だけで通じる特別な気持ちがあるのだろう。
真一郎にも、二人の考えはわかる気がした。重い静寂に包まれたあの屋敷で、ずっと二人で暮らしていくなんてつらいだろう。外の世界に行きたいと思うのは、ごく自然なことだと思った。
「人間の世界には、お金が必要でしょう? だから私とジェムでいろいろ考えたのよ。それで、クッキーを作って人間に買ってもらうってことを思いついたの」
「……そうだったのか」
ジェムもスカーレットも、変わり始めているのだ。マリエの帰りを待ち続けた日々から、自分たちの手と足で外の世界へ出ようとしている。
二人にとっては、とても大きな挑戦だろう。しかし、ジェムとスカーレットに不安は感じられなかった。きっとうまくいくと、心から信じているからかもしれない。
「頑張れよ。俺も応援するから。手伝えることがあるなら、何でも言ってくれ」
「よかった。真一郎ならそう言ってくれると思ったわ。……はい」
「ん?」
スカーレットがクッキーの袋をひとつ、真一郎に渡した。
「応援してくれるんでしょう? 最初のお客さんになって」
「ああ……わかったよ」
抜け目ないスカーレットに苦笑しながら、真一郎はお金を渡した。子供のお小遣い程度の金額だ。しかし、それを受け取ったスカーレットはとてもうれしそうだった。
「ふふっ、ありがとう。真一郎」
スカーレットはそれをジェムに渡す。どうやらお金の管理はジェムがやっているようだ。
「真一郎には、一番に教えたいと思ってたんだ。ありがとう。最初のお客さんが君でほっとした」
お金をしまいながら、ジェムも礼を言う。スカーレットは真一郎の袖を引っ張った。
「ねえ。私たち、しばらくはこの街でやってみるつもりなの。だから、知り合いとか、買ってくれそうな人がいたら、どんどん紹介してね」
「お前ら……本当に抜け目ないな……」
真一郎はつい笑ってしまう。
その間、ジェムは持っていたメモに何かを書いていて、一枚切り離すと真一郎に渡した。
「はい、これが領収書」
「ああ……。いったい、どこで覚えたんだ、領収書なんて」
ジェムの口からさらりとそんな言葉が出てくるのが、真一郎には不思議でしょうがなかった。
「本で読んだよ。……僕も、いろいろ勉強したんだ」
「へえ……本か……」
ただ無謀に挑戦しようというのではないのだ。商売なんて無縁だったはずの二人だが、案外やっていけるのかもしれないと真一郎は思った。
受け取った領収書に目をやると、大人びた筆記体の文字が目に入る。
「これ……金額の下に書いてあるのは、店の名前、か?」
そこに書かれた文字は「Magical Sweets Factory MARIE」と読める。はっとして、真一郎はジェムを見た。
「そうだよ。マリエの名前を、僕は残しておきたくて……スカーレットも、それを許してくれたから」
スカーレットは当然とばかりにうなずいた。
「いいに決まってるじゃない。だって、マリエさんがいなかったら、私たち出会ってすらいないわ。マリエさんがいたから、ここまでこれたのよ」
「……うん。そうだね……」
ジェムは手に持ったメモを見つめていた。ジェムの中に、特別な気持ちがあふれているのは間違いない。
「マリエにはもう会えないけど……マリエがいてくれたおかげで、今僕たちはここにいるんだ」
その声が涙混じりのように聞こえたのは、真一郎の気のせいではないかもしれない。
「ジェム……」
スカーレットがジェムを気遣うように、その腕にそっと触れた。
「……大丈夫」
スカーレットを見つめるときのジェムの目は、少しだけ大人びている気がした。大丈夫、と言ったその瞳に、本当に大切なひとだけに見せる感情を含ませていた。
「このクッキーもね、マリエが書き残したレシピを見つけて、それを真似して作ってみたんだよ。たぶんマリエも、お母さんやおばあさんから教えてもらったレシピなんだと思う。
そういう、みんなが残してくれたもののおかげで、僕たちは前に進めるんだって思うと……とても、うれしいんだ。だから、それを忘れないためにも、マリエの名前もずっと残しておきたくて」
「……そうか。きっと喜ぶな、母さんも」
「そうだったら、いいな」
ジェムが少しだけ笑う。きっと、マリエを失った悲しみは、まだ癒えきっていないのだろう。それでも一生懸命、前に進もうとしている姿が、真一郎にはまぶしかった。
(そうだ、母さんもきっと見守ってくれている……俺も、自分で前に進まないとな……)
千秋との関係が、これからどうなるかはわからない。わからないが、真一郎の胸の中には、彼女とずっと一緒にいたいという気持ちがある。
進んでいけるだろうか。
いや、進んでいきたい。
未来がどうなるか全くわからないけれども、これまで積み重なってきた過去が、そっと背中を押してくれる気がした。
「真一郎」
「……ん?」
「ときどき……僕はまだ、マリエのことを思い出して泣いてしまうことがあるよ……。スカーレットと一緒に生きていくって決めたのに、情けない話だけど……」
「別に、気にすることないだろ。二十年以上も母さんを待ってたのに、そんなにすぐに元気になろうって方が無理だ」
「……真一郎も、そう言ってくれるんだね」
思い詰めたような、安堵したような、そんなジェムの表情を読み取るのは難しい。
「ジェム、あんまり考えすぎるなよ。
いろいろ難しいこと考えるより、泣きたいときは泣いて、笑いたいときは笑うってくらいでちょうどいいと思うぞ」
真一郎は言いながら、自分でも少し驚いていた。まるで自分が年上の存在であるかのようだ。こんな風に、ジェムを励ます言葉が出てくるとは思わなかった。
「そうかな……」
まだ戸惑いを捨てきれない様子のジェム。そんなジェムの手を、スカーレットが握った。
「そうよ。ジェムは自分がしっかりしなきゃって、気を張りすぎ。もっと私のことも頼って」
「だって、スカーレットにはいつも助けてもらってばかりなのに……」
「いいのよ。だって、私、もっとジェムのために頑張りたいから。ひとりでなんとかしようって頑張るより、二人で力を合わせましょう」
スカーレットは両手でジェムの手のひらを包み込む。真一郎には、少しだけジェムが赤くなったように見えた。
「う、うん……ありがとう」
ジェムは真一郎の視線に気づいたのか、あわてて手を離そうとする。しかし、すでにスカーレットに強く握られていて、なかなか離れてくれない。
「どうしたの、ジェム?」
「ど、どう、って……真一郎が、見てるから……」
「? それがどうしたの?」
「だ、だから、その……」
真一郎にじっと見られているというのに、スカーレットは気にすることもない。なんとも初々しい二人だ。真一郎は思わず笑ってしまう。
「……もう、何笑ってるのよ」
スカーレットは真一郎を軽くにらむ。
「悪い悪い。仲いいんだな、二人とも」
「当たり前よ。私たち愛し合ってるの。これからは、ずっと一緒なんだから」
得意げなスカーレットに、ジェムは赤くなりながらうつむいた。
「スカーレット……」
「ジェム、さっきからどうしたの?」
「う、ううん、何でもない……」
そのとき、街中にチャイムの音が鳴り響いた。チャイムといっても電子音で、街のあちこちに設置されたスピーカーから聞こえてくる。
「この音、なに?」
スカーレットが不思議そうに辺りを見回す。
「ああ、時報だな。……もうこんな時間か。早く帰らないと、また千秋がうるさいな」
真一郎は路上の時計塔を見て思い出す。夕飯の時間までに帰らないと、また千秋に文句を言われてしまう。
「千秋さんと、うまくいってるのね。よかった」
「ああ、まあ、一応、それなりに……」
「一応ってなによ」
「別に……いや、それより、早く帰らないと」
真一郎はあわてて向きを変え、二人に手を振る。
「じゃあ、またな。ジェム、スカーレット。クッキー屋、頑張れよ」
「ええ、またどこかで会いましょう。楽しみにしてるわ」
「ありがとう、真一郎。今日、君に会えてよかった。これからもよろしく」
二人と手を振って別れ、真一郎は駆け出した。急がないと、また千秋の機嫌を損ねてしまう。
(……そういえば、千秋にはあのこと、まだ話してなかったな)
千秋の家から追い出された後、真一郎が経験した出来事。初めて知った、父と母の過去。そして、母と深いつながりを持つ少年がいること。
話しても、信じてはもらえないかもしれない。それでも、聞いてほしいと思った。
彼らがいたからこそ、今の真一郎がいる。彼らの過去は、真一郎の現在につながっているのだ。そしてきっと、未来にもつながっていく。
千秋にも、知ってほしかった。
真一郎が思い描く未来に、彼女も一緒にいてほしいと思っていることを――――。
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