9.未来へ-2

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9.未来へ-2

「ねえ、ジェム……どうしたの……? もしかして、怒ってる……?」  真一郎と別れた後。  黙り込んだまま歩くジェムに、スカーレットはためらいがちに声をかけた。真一郎と話していたときとは違い、その目は不安そうにジェムを見ている。 「怒ってるわけじゃないよ。……ちょっと、恥ずかしかっただけ」 「恥ずかしかった?」 「だって、真一郎が見てるのに、あんなこと……」  ジェムが自分の手を見る。真一郎の目の前で手を繋いだことを言っているのだろう。 「別に恥ずかしがることないじゃない。真一郎は、変にからかったりしないもの」 「そうだけど……。ううん、そうじゃなくて、その……」  ジェムは、なかなかはっきり言ってくれない。スカーレットは彼の言葉を待ちきれなかった。 「私と手を繋ぐの、いやだった?」 「……僕が言いたいのは、そういうことじゃなくて」 「じゃあ、どういうこと?」 「……スカーレット……」  ジェムはため息のような声を漏らすと、急にスカーレットの腕を取った。ぐっと強い力で引っ張られ、ひとけのない路地に引き込まれる。 「ジェム……ねえ、やっぱり怒ってるの? 私、なにかまずいこと言った?」 「だから、そうじゃなくて……」  ジェムは、今度は自分からスカーレットの手を取った。二人の距離はとても近くて、少し手を伸ばせば、その頬に触れられそうなほどだ。 「こういうのは、やっぱり、ふたりっきりのときにするべきだと思うんだ……」  すぐ目の前に、ジェムがいる。改めて見つめ合うと、スカーレットは胸が高鳴るのを感じた。  いつも一緒にいるはずなのに、不思議なものだ。少し距離感が変わるだけで、こんなにも気持ちが変わる。 「でも、街にいる人間たちだって、こうして歩いていたじゃない。私たちが手を繋いで歩いていたって、誰も気にしていなかったわ」 「うん……でも、僕はやっぱり二人でいるときだけの方がいいな」  ジェムがこんなことを言うのは、珍しい。スカーレットにとっては意外で、同時に、少し残念だとも思った。 「ジェムがそう思うなら、いいけど……その分、帰ったら手を繋いでくれる?」 「うん、もちろん」  うなずくと、ジェムはすぐにスカーレットの手を離した。あまりにもあっさりと離れてしまうものだから、スカーレットは寂しさを感じる。 (……なんだか難しいのね、恋人同士って)  スカーレットは今まで、好きな人と恋人同士になれれば、ずっと幸せでいられるのだと思っていた。しかし、恋人でいるというのは、それなりの難しさがあるのかもしれない。スカーレットには、まだよくわからないけれども。なにもしなくても、ジェムとずっと幸せに暮らせるわけではないのだろう。  ジェムは道に魔法陣を描いている。 「……もう帰るの?」 「うん……クッキーのことは、また明日にしよう」  ジェムは手早く描き上げると、スカーレットを手招きして魔法陣に乗った。  本当はもう少し街を見て回りたかったが、仕方ない。スカーレットは物足りない気持ちを隠してうなずき、魔法陣に乗った。  まぶしい光が辺りを包み、すぐに消える。見慣れた屋敷、その玄関ホールへと、二人は戻ってきた。  スカーレットは思わずため息をついてしまう。今日は初めてクッキーを売りに行って、真一郎に会って、クッキーを買ってもらった。いろんな話をして楽しかったはずなのに。それなのに、どうして今、こんなに気持ちがしぼんでしまうのだろう。 「ごめん……もう少し街を見てきたかった?」  思ったことを見抜かれたかのようで、スカーレットはびくりとした。ジェムはどうして、こんなに自分の考えていることがわかるのだろう。 「え、あ、違うの……私こそ、ごめんなさい、ジェムをいやな気持ちにさせちゃったみたいで……」  嘘はついていない。むしろ、気持ちがしぼんでしまうのは、そのせいなのだろうとスカーレットは思った。 「……気にしなくていいよ」  ジェムが腕を伸ばす。目の前のスカーレットを、そっと抱きしめた。そして片方の手で、スカーレットと指をからめる。 「僕の、勝手なわがままだから」 「ジェム……?」  いつもよりも大人びた目で。彼が、スカーレットを見つめている。  スカーレットはまた胸がどきどきするのを感じた。真一郎と話していて楽しいと思う気持ちとは違う。ジェムにしか感じない、特別な気持ち。 「スカーレットと手を繋いでいると……僕は、変なのかな……? もっと、ぎゅっと抱きしめたり、したくなる……」 「変じゃないと思うわ……私だって、ときどきそう思うから……」 「スカーレットが僕に見せてくれる笑顔が、好き……でも、誰にも見せたくないんだ。こうして手を繋いだり、抱き合ったりしているときの、君の、そういう姿を……」  言葉とともに、ジェムは抱きしめる腕に力を込めた。 「僕のわがままなのは、わかってるつもりだけど……でも、やっぱり……」  もっと早くそう言ってくれたら、とスカーレットは思う。あんなことで落ち込む必要なんて、なかったのだ。 「よかった。ジェムが考えてたこと、やっとわかって、ほっとしたわ」 「……ごめん」 「いいのよ。私、ジェムに言われるまで、そんなこと、考えもしなかった。いつも一緒にいるのに、こんなに考えていることが違うのね」  さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように、スカーレットの気持ちは明るくなっていた。自然と笑みがこぼれる。ジェムの顔にも笑顔が戻った。 「スカーレット……」  ささやくような、ジェムの声。  目を合わせるだけで、スカーレットには、ジェムが考えていることがわかる気がした。ついさっきまでジェムの気持ちが分からなかったというのに、なぜなのだろう。 「うん……いいわよ……」  心臓の鼓動が、ひときわ大きくなった気がする。それなのに、気持ちが落ち着いていて、スカーレットは自分でも不思議な気分だった。  抱き合ったまま、二人は唇を重ねる。  そっと触れるだけの、短い口づけ。  それだけで、こんなにも心が満たされる。  恋人同士というのは難しいかもしれないけれども、  今、二人は確かに、幸せだと感じていた。
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