4.マリエの思い出

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4.マリエの思い出

 夢を見ていた。  懐かしい夢だった。  まだマリエがそばにいた頃の、夢。  ジェムとマリエは図書館にいた。  古めかしい本が並ぶ書架の奥、窓際の大きな机の上で、マリエは本を広げた。窓から差し込む満月の光が、古ぼけた本の文字を照らしている。 「さあ、ジェム。今日は歴史の勉強をしましょうか」 「えー……」  今よりも幼かったジェムは、がっかりした顔で本を見た。 「歴史じゃなくて、音楽がいいなあ」 「それはまた今度にしましょう。歴史を学ぶのも大切なことよ」  幼いジェムのために、マリエは毎日勉強を教えていた。ここにはたくさんの本があって、学べることはたくさんある。 「ぼく、本を読むより外に行きたい」 「あら……ジェムは外のほうがいいの? 今日はクッキーを焼こうと思ったのに、残念ね」  ジェムの向かいに座ったマリエは、ジェムに笑いかける。彼女が少し動くたびに、腰まである長い髪が揺れた。 「ううん、マリエのクッキーがいい!」 「よかった、それじゃあ、ちゃんと勉強してからね」 「うん。クッキー、楽しみにしてるから!」  また別の日。  ジェムはマリエに連れられて、玄関ホールにやってきた。 「今日は人間の街に行きましょう。早くジェムも、人間から血を吸えるようにならないとね」 「う、うん……」  ジェムはうなずいたが、体中が緊張でこわばっていた。  人間の街。ジェムにとっては、まだ少し怖い場所だ。マリエとつないだ手を、ぎゅっとにぎりしめる。  マリエは白いチョークで床に図形を描き始めた。丸や三角、四角などが複雑に組み合わさった形だ。それは、魔法で別の場所へ移動するための魔法陣。 「ジェム。この魔法陣をよく覚えておいてね。いつかは、ジェムもひとりで人間の街へ行けるように」 「ひとりで……? マリエは、一緒に行ってくれないの?」  ジェムは急に不安になって、隣にいるマリエの顔を見上げた。 「大人になったら、の話よ。さあ、行きましょう」  マリエはジェムのほうを見ずに、魔法陣に足を踏み入れた。ジェムもあわててついていく。  マリエが呪文を唱えると、二人の周囲は光に包まれた。やがて光が消えると、二人の姿は夜の街にあった。  ジェムはマリエに教えられながら、少しずつ吸血の方法を覚えていった。  人間に声をかけるときは、できるだけ親切そうな人を選ぶこと。  相手の人間と会話をして打ち解けてから、用意しておいた飴玉や砂糖菓子などを渡すこと。  相手の人間といったん分かれた後に、気配を消してあとをつけていくこと。  そして、飴玉に仕込ませた眠り薬が効いてきたのを見計らって、吸血すること。  吸血のあとは必ず傷薬を塗って、吸血痕が残らないようにすること。  マリエは、この方法を使えば安全に、そして相手に迷惑をかけることなく吸血できると教えた。 (でも、ぼくはマリエの血の味が一番好きだなあ……)  ジェムがもっともっと幼かった頃は、マリエが血を分け与えてくれた。けれども、近頃はジェムに早く一人立ちするよう言うことが増えて、以前ほど甘やかしてはくれない。  もちろん、ジェムはそんなことでマリエを嫌いになったりはしない。本当は、早く大人になって、マリエを安心させたいと思っていた。しかし、それと同じくらい、マリエの手を離れるのが不安だった。ずっと、マリエのすぐ隣にいたかった。 *  そんなある日。 「ジェム。今夜はあの人にしましょう」  マリエは、公園のベンチで寝ている青年を示して、ジェムに言った。  二人は青年に近づいていく。すでに眠り薬が効いているのだろう、彼は目を覚ます気配がない。  先にジェムが吸血しようと、青年に顔を近づける。 (……あれ? たしかこの人、この前も……)  その顔に、ジェムは見覚えがあった。数日前にもこの場所で吸血した人間のはずだ。思わず、マリエのほうを振り返った。 「マリエ、ねえ、この人って前にもここにいたよね?」 「ええ。彼はとても親切で、私たちのためなら、って今日も協力してくれたの」 「そうなんだ。優しい人もいるんだね」 「そうね。彼には本当に感謝しているわ」  ジェムが吸血を終えたあと、マリエも同じようにする。そのとき、彼女が青年の手にそっと触れたのをジェムは見ていた。  その後も数日おきに、二人はあの公園に向かった。  吸血の相手は、いつも同じ人間だった。マリエはいつも先に行って準備をしているらしい。  その間、ジェムは少し離れた茂みの中に隠れているように言われていた。虫が飛んでいるところや、木が風に揺れる様子を見ているうちに、マリエに呼ばれた。だからジェムは、マリエと青年が何を話しているのかなど、まったく気にしていなかった。  そんな日々が数ヶ月続いた。  やがて、ジェムはひとりで吸血することを覚えた。街に入るまではマリエと一緒で、そのあとは別々に行動する。そして約束の時間になったら公園で落ち合い、一緒に屋敷に戻る。だんだんと、そういう方法が定着した。  最初は怖いと思っていた人間の街も、慣れてくれば楽しかった。街は夜でもたくさんの人でにぎわっている。ジェムはお菓子やおもちゃの店のショーウインドーを眺めるのが好きだった。街を見て回るだけで、あっという間に約束の時間になってしまい、急いで公園へ向かう、ということもよくあった。  しかし、あの日は違った。  夏の終わりの気配を感じる夜。  ジェムはショーウインドーを眺めるのにも飽きてしまい、予定よりも早めに公園に向かった。  最近、マリエはずっとこの街に来ることを選んでいる。以前は毎回違う街に行っていたから、街の景色はいつでも新鮮だった。しかし、最近は同じ景色ばかりで、ジェムもだんだん飽きはじめていた。 (マリエ、まだ来てないなあ……)  ジェムは公園の周辺をあてもなく歩いた。あと少しで約束の時間のはずなのに、わずかな時間がとても長く感じてしまう。  ふと、ジェムは公園の木立の近くで立ち止まった。誰かの声が聞こえた気がしたのだ。 「……永一郎さん、私……」 (マリエの声だ……)  ジェムはそっと近づき、木立の中をのぞき込んだ。  木々の間に隠れるようにして、マリエが立っている。そのすぐそばに、ひとりの青年がいた。 「マリエ……行かないでくれ……」  青年がマリエの手をつかんだ。ジェムは、その青年の顔に見覚えがあるような気がした。 「ごめんなさい。もう行かないといけないわ」  マリエが謝る。彼女の、とても悲しそうな顔。ジェムにとっては、初めて見る顔だった。 「マリエ! 行くな……!」  青年がマリエの腕を強く引き、彼女を抱きしめた。 「永一郎さん……」  マリエの体は、青年の体にすっぽりと包まれていた。マリエが青年の顔を見上げる。二人とも心なしか頬が紅潮している。 「ずっと、一緒にいてくれないか……?」 「そう言ってくれるのは、とてもうれしいけれど……あの子が待っているの」 「もう、ひとりで街に出られるようになったんだろう? だったら……」  マリエは首を横に振る。 「あの子をひとりにさせるなんて、できない」 「そうか……」 「また、近いうちにくるから……」 「約束だぞ」 「ええ」  二人はすぐ近くで見つめあいながら話していたが、やがてその顔がさらに近づき、  二人の唇が重なった。 (え……?)  ジェムは目の前の光景が信じられなかった。まばたきもできず、ただ呆然と見つめているしかない。  しかし、二人の唇はすぐに離れ、それぞれ別の方向へと歩きだした。先ほどの口づけなど、嘘のように。  数分後、約束の場所で落ち合ったとき、マリエはいつもどおりの彼女に戻っていた。青年に見せていた顔はどこにもない。ジェムが幼い頃から変わらない、やさしい笑顔をたたえた彼女だった。 (マリエ……)  ジェムはマリエの横顔を見上げながら、先ほど見た光景を思い出していた。マリエの手をつかんだ青年。マリエを抱きしめて、行くなと引き留めていた。 (あれは、夢だよね?) 「……ジェム? どうしたの?」  視線に気づいたマリエが、ジェムの方を見る。 「ええっと、マリエの作ったお菓子が食べたいなあって思って。ふわふわのシフォンケーキがいいな」 「そうね。久しぶりにシフォンケーキもいいわね」  マリエが笑う。いつもどおりの笑顔で。 (ほら、やっぱりあれは夢だったんだ。そうに決まってる) *  そして夏が終わり、いつしか空気はすっかり秋のものに変わっていた。  ジェムは近頃、マリエが編んだカーディガンを着て街へ出ていた。夏のはじめから彼女が少しずつ時間をかけて編んでくれたものだ。少し青みがかった、やわらかいホワイトグレーで、色も模様もジェムのお気に入りだ。  しかし、出かける前の浮き立った気分は、帰りつく頃にはいつも、すっかりしぼんでいた。原因ははっきりしている。あの青年のせいだ。 「マリエ」 「永一郎さん……」  二人はいつも、公園近くの木立の陰にいた。ジェムは自分の吸血を手早く済ませると、すぐにそこへ向かうようになった。  彼らは、木立の陰で話をしたり、本を読んだりして過ごしていた。肩が触れるほど近くに座り、満ち足りたような笑顔を浮かべる二人。  それを見ていると、ジェムはなぜか息苦しくなった。胸が苦しくて、ないはずの痛みを覚える。目をそらすこともできず、瞬きもできない。こんなに苦しいのに、その場を立ち去ることができなかった。 「また来るわ」 「待っているよ」  別れ際、二人は口づけを交わす。それが何を意味するのか、ジェムにはよくわからない。わからないのに、胸の痛みはその日一番ひどくなり、ジェムはなぜだか泣き出したい気分になった。  さらに数日がたった夜。 「ジェム? ねえ、ジェム! どこにいったの?」  マリエが呼ぶ声が聞こえる。  ここは薄暗い屋根裏部屋。ジェムは今、この中に隠れていた。 「ジェム!」  マリエはジェムの名前を呼びながら、階段を上ってくる。狭い階段を上る足音は大きく響き、だんだんとこちらに近づいてくることがわかる。 (マリエ……ぼくのこと、見つけてくれるよね?)  ジェムは大きな木箱の陰に隠れ、不安と期待を抱えて待っていた。マリエは、ジェムの居場所に気がつくだろうか。  ジェムにとっては長い、ほんの数分の時間が流れる。 「ジェム! 見つけたわよ!」  マリエが木箱の後ろをのぞき込んだ。もしかしたら、少し怒っているのかもしれない。 「マリエ……」  ジェムは自分から動くのをためらい、しばらくその場にしゃがみこんでいた。 「ジェム、出てらっしゃい。勉強の時間よ」 「うん……」  マリエは声をかけただけで、すぐに立ち上がり、背を向けてしまった。ジェムには、それが残念でならなかった。あわてて彼女の背に駆け寄る。 「マリエ!」  マリエの袖をつかみ、すがりついた。  本当は、もっと、マリエに自分を見ていてほしかった。わがままだということは、わかっているけれども。 「ジェム? どうしたの?」 「マリエ……どこにもいかないで……」 「大げさね、いつもみたいに図書館に行くだけよ」  マリエは振り返らずに答えた。 「さあ、早く行きましょう」  ジェムはマリエにすがりついたまま、動こうとしない。ここから、一歩だって動きたくなかった。  ここで泣いたら、マリエは自分を見てくれるだろうか。そんなことを思いつく。だが、そう都合よく涙は出てきてくれないのだ。ここ最近、ずっと泣きたくなるような気持ちだったというのに。 「ジェム」  少し間をおいて、マリエに促されてジェムはようやく歩き始めた。  マリエはすっかり困った顔をしていたが、ジェムが歩き出すのを見て、ほっとしたように息をついた。 * 「金木犀の香りがするわね」  マリエがつぶやく。うれしそうな、かなしそうな、どこか他人事のような、複雑な響きを持った声だった。  人間の街にある、見慣れた公園。季節は進み、金木犀の甘く愁いのある香りがあたりを満たしていた。  金木犀はマリエの好きな花だ。もちろん、ジェムにとっても。ただ甘いばかりではない、この何かを包み込んだような深い香りが好きなのだ。  今日のマリエは、一番お気に入りだという白いワンピースを着ている。金木犀が香る夜だから、特別な気持ちで着てきたのかもしれない。  ジェムの沈んだ心も、今日だけは少し明るくなった。いつものように吸血を済ませると、ジェムはにぎやかな大通りへと足を向けた。  今日は、マリエの様子をのぞき見するのはやめようと思っていた。かなしい気持ちになるものは、あまり見ない方がいいのだ、きっと。  公園だけなく、街の中も金木犀の香りに満たされていて、ジェムは久しぶりに心が浮き立つのを感じた。  しかし。 「マリエ……遅いなあ……」  街を見て回った後、ジェムは約束の時間に公園へ戻った。しかし、マリエはまだ来ていない。こんなことは初めてだ。  公園のベンチに座って彼女を待つが、ジェムの心の中からは、不穏なものが消えなかった。黙って座っていると、いやな考えばかりが浮かぶ。大好きな金木犀の香る夜なのに、こんな気持ちにはなりたくない。  仕方なくジェムは立ち上がった。公園の周りをふらふらと歩いていく。途中でマリエに会わないだろうかと期待していた。しかし、それはなかった。 (やっぱり、ここなのかな……)  歩いているうちに、ジェムはあの木立のそばまで来てしまった。かすかな胸の痛みを感じながら、ジェムは木立の陰をのぞき込む。 「……っ、っぁ……」 「……、ん……」  二人分の息づかいが聞こえる。  草むらの上に横になっている、あの二人が見えた。 (……あれは、マリエなの……?)  きっと吸血の最中なのだろう、マリエは青年の上にもたれて、首筋に顔をうずめている。ジェムからは、二人の表情や仕草はよく見えない。しかし、彼女の後ろ姿はまるで別人のような気がした。  長い髪が揺れる。ときおり視線を上げて、青年と目を合わせているようだった。  彼女は今、どんな目をしているのだろう。きっと、甘く熱を帯びた視線で青年を見つめているに違いない。  ジェムは息を止めるように、その光景を見ていた。 「……っ、マリエ……」 「ぁ……っ」  青年が腕を伸ばす。マリエを自分の体にぴったりと引き寄せて、強く抱きしめた。一瞬だけマリエが体をふるわせ、青年の腕の中に収まる。  青年の腕の中で、マリエの体はとても小さく見えた。  マリエの背をなでる大きな手。彼女を抱きしめて離さない、筋肉のついた腕。マリエ、と呼ぶ、低く落ち着いた声。  そのひとつひとつに、マリエはうっとりとした目を向け、彼女もまた青年を抱きしめるのだ。  ジェムはわけもなく叫びたいような気持ちになった。  見なければよかった。胸が痛くて、熱くて、どうしようもなく苦しい。  マリエの吸血は、なかなか終わる気配がなかった。耳朶に入り込む二人の声を聞いているのが辛い。ジェムは耳をふさぎ、目もかたく閉じた。そうして十を数えて目を開けるが、目の前の現実は変わらない。 (マリエ……マリエ……!)  叫べたらいいのに、と思う。ここで泣き叫んで、マリエ、戻ってきて、と言えたなら。 (マリエ……)  けれども、結局ジェムは何もできずに。一歩、また一歩と少しずつ遠ざかった。恐ろしい猛獣から逃げ出す、無力な人間のように。そして十分に離れたと思った頃、ジェムは背を向けて走り出した。走り出して、ようやく、その目に涙がにじんだ。  ジェムは自分ひとりで屋敷に戻った。  もう、ひとりで魔法を使って行き来することができるのだ。  長い廊下を走り抜け、自分の部屋に駆け込んだ。涙がこぼれ落ちてくる。 「マリエ……」  ベッドに潜り込み、ジェムは何度もマリエの名前を呼んだ。返事はない。あるはずがない。  夢だったらいいのに。このまま寝てしまって、明日起きたら、すべて夢になっていたらいいのに。  部屋の中はとても静かだった。オレンジ色のランプだけが、ときどきチカチカとまたたいた。ジェムはもう、涙が止まらなかった。 * 「ん……」  重いまぶたを開く。  いつの間にか、眠ってしまったようだ。  ジェムはけだるい体を少しずつ起こし、部屋の中を見回した。いつもの自分の部屋だ。しかし、やけに静かだった。いつもならマリエの足音や、ジェムを呼ぶ声がするのに。  涙のあとが残る頬をこすりながら、ジェムは廊下に出た。朝日がまぶしい。すでに夜明けを迎えたようだ。  ジェムははっとする。 (マリエは? まだ帰ってきていないの?)  吸血鬼は夜明けとともに眠る。陽の光は体に毒なのだ。こんな時間になってもマリエが帰ってこないなんて、おかしい。 「マリエ? マリエ! どこにいるの!?」  ジェムの部屋の隣、マリエの寝室にはいなかった。ジェムは廊下を歩き回り、ひたすら彼女の名前を呼んだ。まばゆい朝の日差しを浴びて、体があっという間に疲労する。しかし、そんなことに構っていられなかった。マリエがいないのだ。必ず見つけなければ。 「マリエ……マリエ!」  気持ちが焦る。  頭の中は不安でいっぱいだった。  見つからない。  どこにもいない。 「マリエ……行かないで……! ぼくを、ひとりにしないで……」  ジェムは庭に出た。図書館まで行ったが、いなかった。来客用の別館も見に行ったが、やはりいない。  広すぎるこの庭をすべて探すなんて無謀だ。けれども、そうせずにはいられなかった。  ジェムは石畳の小道を歩き、庭の茂みや石のオブジェの陰など、やみくもに探し回った。  手足が重い。呼吸が苦しい。胸が熱くて熱くて、体中がおかしくなってしまいそうだ。  それでも、立ち止まるのが怖かった。  マリエがいない、という事実を認めるのが怖かった。 「ぅ、……っ、あ……」  しかし、ついにジェムは倒れた。  激しいめまい。平衡感覚がなくなってしまう。  起き上がろうにも、もう体に力が入らなかった。  ここは真昼の太陽が照りつける庭。マリエがいなければ、誰も助けに来るひとはいない。この屋敷に住んでいるのは、二人だけだったのだから。 (そう、か……ぼくは、もう……)  このまま日光にさらされ続ければ、ジェムはじきに命を落とすだろう。もう、それでもいいのかもしれない。マリエがいなくなって、たったひとりで生きていくくらいならば。  そう思っていたとき、草を踏んで歩く足音が聞こえた。こちらに近づいてくる。 「……ねえ、あなた、どうしたの?」  声が聞こえた。少女の声だった。 「大丈夫? 起き上がれる?」  少女が手を差し出す。ジェムはその手の主を見た。 (マリエ……!?)  腰まである長い髪が揺れる。一瞬、マリエが戻ってきてくれたのかと、錯覚した。 「マ、リ……エ……?」 「マリエ? ううん、私の名前はスカーレットっていうのよ」  スカーレットと名乗った少女はジェムを抱き起こした。ジェムを心配そうに見つめるその顔は、やはり少しマリエに似ている気がした。
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