6.父との再会

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6.父との再会

 ジェムが玄関の床にチョークで魔法陣を描き、三人はその上に乗った。 「これで本当に行けるのか……?」  真一郎は信じられず、何度も魔法陣を見回した。 「そうだよ。いつもこの方法で人間の街へ行くんだ。……真一郎をここに連れてきたときもそうだったけど」 「俺は寝てて何も覚えてないんだが……」  あの夜のことを思い出し、真一郎は顔をしかめた。何度思い出しても、いい気分はしない。しかし、今となっては、ずっと昔のことのように感じた。  ジェムがなにやら呪文を唱え始める。やがて視界全体が光に包まれた。真一郎はあまりのまぶしさに思わず目をつぶる。次に目を開いたときには、住宅街の中にいた。 「すごいわ。これがジェムの魔法なのね」  スカーレットはうれしそうに声を上げ、あたりを見渡した。  すでに夜。周囲は暗い。しかし、等間隔に設置された街灯のおかげで、完全な闇ではなかった。 「真一郎。このあたりなのかな?」 「そのはずなんだが……」  真一郎にとっては、数年ぶりに帰ってきた街だ。しかし、景色がずいぶん変わってしまった気がする。見覚えのある道を探して歩いていると、風に乗って金木犀の香りがした。 (そういえば、近所に金木犀があったな……)  その香りを頼りに、真一郎は歩いた。見覚えのない道をしばらく歩き、ようやく自分が住んでいた家を見つける。金木犀が一段と強く香った。 「ここだ」  真一郎が子供のときですら、すでに古い家だったが、こうして見るといっそう古びてしまったように感じる。  もともと白かったはずの外壁はずいぶん汚れ、錆の色も見えている。ごくごく小さな庭は草が伸び放題、バケツなどが放置されていて、やけに寂しさを感じさせた。  真一郎が先に立ち、呼び鈴を鳴らした。しかし、人が出てくる様子はない。  二度、三度押しても同じだった。 (親父、何やってるんだ? 電気もついてない……)  窓から電灯の光が漏れてくる様子もない。静まりかえり、まるで誰もいないかのようだ。 「親父? いるのか!?」  ドアをドンドンと叩いた後、真一郎は急にいやな予感に襲われた。父は一人暮らしのはずだ。  何かあったのでは、と不安にかられ、ドアノブに手をかけた。鍵は開いている。迷わずドアを開け、中へと走った。 「親父!」  中は真っ暗だった。自分で電気をつけて、廊下からリビングへ向かう。狭い家だから、あっという間の距離だ。だが、今は気持ちが焦ってしょうがない。 「親父!? いるか!?」  リビングの明かりがつくと、イスのほうで人影が動いた。 「親父……!」  真一郎は急いで駆け寄る。ちゃんといた。まちがいなく、父である永一郎だ。 「ん……? 真一郎、なのか……?」  永一郎は眠っていたのか、鈍い動きで真一郎を見た。間近でその姿を見た瞬間、真一郎は動けなくなった。  父の髪は真っ白になり、黒いところがない。手は枯れたように細くしわだらけだった。顔にも生気が感じられず、その目は暗い。  父は、年齢的にはまだまだ働き盛りといっていい頃のはずだ。老け込むには早い。  それなのに、目の前にいる父は、まるで死の直前の老人のようになっていた。 「親父……どうしたんだよ……」  やっと出せた言葉は、それだけだった。 「……真一郎。生きていてくれたのか」  父がつぶやくのを聞いて、真一郎ははっとした。自分は、父に黙って都会へ出たのだ。父にしてみれば、息子が突然行方不明になったのと同じだ。 「親父……悪い、俺、都会の方へ行ってたんだ……」 「そうか……けがも病気もしてないか……?」  真一郎はうなずいた。父に申し訳ない気持ちが、胸の中にあふれてきた。  都会に出てから、一度も父のことは考えなかった。自分ひとりでどうやって生きていこうか、そればかり考えていた。 「親父……本当に、悪かった」  昔だったら、きっとものすごい剣幕で叱られただろう。しかし、目の前にいる父は穏やかな表情を浮かべ、真一郎をじっと見ていた。  もう、息子を叱るだけの力も出ないのだろうか。そう思うと、ますます真一郎は申し訳ないと感じた。 「生きて帰ってきてくれたなら、もう十分だ」  父はゆっくりとそう告げて、真一郎の存在を確かめるように腕を伸ばした。  父に抱きしめられるのは、いったい何年ぶりなのだろうか。真一郎にわかる範囲では、もしかしたら、これが初めてかもしれない。 「大きくなったな、真一郎」  かつて大きいと思っていた父の体は、今、ずいぶん小さくなってしまったような気がする。やせこけた体に力はなく、幼い頃に見た大柄でたくましい父とはあまりにかけ離れていた。 「親父……」  何かを言おうとして、しかし言葉としてまとまらない。  真一郎は何度も何かを言いかけてはやめた。  昔から、真一郎と父の会話は多い方ではなかった。  父はほとんど無表情で、口数も少なかったと思う。  母は真一郎が幼い頃に亡くなり、父は男手ひとつで真一郎を育てた。朝早くから仕事に出かけ、帰ってくるのは夜遅くだった。  家の中で、真一郎は一人でいることが多かった。学校にもあまりなじめず、自然と、一日中一人でいることが多かった。特に周囲に対して嫌ったり嫌われたりしているわけではないのに、自然と人の輪から外れていってしまう。理由はよくわからない。そのことで、父に相談することもなかった。  父のことを、取り立てて嫌う理由はなかった。しかし、父はいつも何か悲しげで、頼るのはよくないと、心のどこかで思っていたのかもしれない。ある程度大きくなる頃には、自然と距離を置くようになった。  そして高校卒業を期に、父から離れたいという気持ちに駆られて、都会へと出たのだ。 「真一郎……?」  おそるおそる、といった様子でリビングに入ってくる二人分の足音。  ジェムとスカーレットだった。中に入った真一郎がなかなか戻ってこなくて、心配したのだろう。 「あ、ああ……親父は見つかった」  真一郎は父と離れてジェムたちを振り返った。  今日ここにきたのはジェムとマリエに関する話を聞くためなのだ。目的を忘れてはいけない。 「真一郎……大丈夫?」  スカーレットは心配そうに真一郎を見た。もしや、今自分は泣いているのだろうかと思い、真一郎はあわてて首を振った。 「だ、大丈夫だよ。それより、親父に話を聞かないとな」 「うん……永一郎、君に聞きたいことがあるんだ」  ジェムが少し前に出て、永一郎の様子を伺った。  ジェムにとっても、彼の姿には驚きを隠せなかった。ジェムの記憶にあるのは、青年の姿の永一郎だけだ。二十年以上たっているとはいえ、ここまで変わっているとは思わなかった。 「僕の名前はジェム。マリエと同じ吸血鬼……といえば、わかるよね?」  永一郎は一瞬目を見開いてジェムを見た。 「……ああ。君は、あのときから少しも変わっていないのだね……」 「僕のことを、知っているの?」 「知っていたさ……君には、本当に申し訳ないことをした……私は、君のことを知っていながら、マリエを連れていったんだ」  マリエの名前を聞いて、ジェムの胸が少しだけ痛んだ。しかし、今までのような激しい感情がわきあがることはなかった。この年取った男を前に、怒りをぶつけるのが無意味だと、わかってしまったからかもしれない。 「……マリエのことを教えて」  永一郎を見るジェムの目に、哀れみが混ざっていた。  マリエとあんなに激しく愛し合っていたのに、この男はマリエを失い、こんな姿になり果てた。きっと、彼自身も予想していなかっただろう。 「マリエは、僕に何も言わずに行ってしまったんだ。あなたと一緒に行ったあと、マリエはどうしていたの」  静かに問いかけるジェム。  永一郎は三人をイスに座らせると、しばらく何かを考えているようだった。やがて、決意を固めたように顔を上げる。  リビングの棚から一冊のアルバムを取り出し、ジェムの前で広げた。真一郎とスカーレットものぞき込む。 「わかっていたかもしれないが、私たちはあの後すぐに結婚した」  永一郎が開いたページには、真っ白なドレスを着たマリエの写真があった。ジェムの知っているマリエとは、似ているようで違う笑顔を浮かべている。 「マリエ……」  ゆっくり呼吸を整えながら、ジェムは写真を見つめた。  その写真では、マリエはまるで最初から人間の女性であったかのように見える。ずっと昔から永一郎と一緒にいたかのように、だ。 「ジェム……」  スカーレットは、ジェムの横顔を見ていた。まるで自分のことのように悲しい顔をするスカーレット。ジェムは彼女に、大丈夫とうなずいてみせた。 「結婚してまもなくして、子供が生まれた。それが真一郎だ」  次の写真は、赤ん坊を抱いてほほえむマリエと、そのそばに立つ永一郎が写っていた。 「これが俺? 初めて見たぞ、こんな写真」  真一郎が、思わず写真と父の顔を見比べる。  まだ若く、未来を感じさせる、幸せそうな家族の写真だ。父がこんなに幸せそうな顔をする瞬間があったとは、信じられなかった。 「もう、二度と、見ることはないと思っていたんだ」  永一郎は写真を直視せず、うつむいていた。 (僕と同じ……)  悲しいことを思い出さないように、幸せな思い出を封じ込めた。それは、マリエの部屋に鍵をかけたジェムと同じなのもしれない。  永一郎がページをめくる。  次のページには、赤ん坊の世話をするマリエの写真が何枚もあった。この家の中で撮ったものなのだろう。  少し困ったような顔や、固く緊張した顔など、表情はいろいろだ。しかし、どれを見てもマリエは幸せそうに感じる。  ジェムは黙ってその写真を見ていた。不思議と、それを見て苦しくはなかった。  ジェムと一緒に暮らしていたときも彼女は笑顔を絶やさなかったが、それ以上に輝くような笑顔が、その写真の中にあったからかもしれない。  ページをめくるたび、そんな幸せそうなマリエの写真がいくつもあった。  しかし、あるページから、マリエがベッドにいる写真ばかりになった。 「……マリエは、突然倒れたんだ」  重い口を無理に開くかのように、永一郎がつぶやいた。 「何かの病気だったのかもしれないが、原因がわからなかった。この頃は入院していたが、どんな治療も効果がなかった……真一郎が、まだ二歳の時だ」  写真の中には、幼い真一郎も写っていた。今にも泣き出しそうな顔をしている真一郎を、マリエが抱きしめている。  しかし、そのマリエの顔は真っ白で、腕は骨が浮き出るほど細かった。 「きっと、陽の光のせいだ……」  ジェムは少し青ざめていた。ジェムにはわかる。  吸血鬼は、長く陽の光に当たっていると、どんどん体が弱って、まもなく死に至る。人間と同じように昼間に生活することは、危険なのだ。マリエも、きっとそれはわかっていたはず。 「……やはり、そうなのか」  永一郎が声を絞り出す。悲しみ、後悔、自責、さまざまな思いが彼の中で渦巻いているのだろう。  永一郎はアルバムを閉じた。 「すまなかった」  急に立ち上がると、彼はジェムに頭を下げた。 「君の大切な家族を奪ってしまって、本当に、すまなかった……。  私は何もわかっていなかった。後のことも考えず、ただマリエと一緒にいたいと思い、彼女をそそのかしてしまった。マリエと幸せになれれば、それでよかったと思っていた……」  頭を下げたまま、永一郎は謝罪し続けた。まるで、自分の行いを神に懺悔するかのように。  ジェムは胸の奥に、少し痛みを感じた。 「……それで僕が許さないといったら、どうするつもりなの?」 「おい! ジェム!」  ジェムの言葉に、真一郎が声を上げる。しかし、二人とも目も向けなかった。 「私の命でよければ、君の気の済むようにしてほしい。ほかに差し出せるものが何もないのが心苦しいところだが……」 「真一郎は?」 「できるなら、真一郎のことは許してほしい……あの子は何も知らない、何の罪もないんだ」 「ないってことはないよ。真一郎はマリエの子供だ。僕がそれを許すと思うの?」  永一郎は黙り込むと、今度は床に伏せた。 「それだけは……頼む……私には、あの子しかいないんだ。あの子は、私の希望だ、だから今日まで生きてこられた……」  真一郎は息をのんだ。  父がそう思っていたことを、初めて知った。 「私の命はどうなっても構わない。だから、真一郎だけは、どうか助けてくれ……!」  いつも無表情で、寡黙で、真一郎とほとんど顔も会わせなかった父。その父が、自分をそこまで大切に思っていたのか。 「ジェム! おい、いい加減にしろよ!」  真一郎はジェムの肩をつかんだ。これ以上、父の謝る姿は見たくなかった。  しかし、ジェムは真一郎の方を見ない。 「本当のことを知りたいんじゃなかったのか! 親父に頭下げさせて、それで満足なのかよ!?」  真一郎は声を荒げるが、ジェムは落ち着いていた。 「……そうだよ。僕は、本当のことが知りたかったんだ」  ジェムの目は永一郎を見ていた。 「あなたに謝ってほしいわけじゃない。  謝られても、僕はあなたを許せないんだ。時間が経てば許せるほど、僕は大人じゃない」  永一郎がはっと息をのむのが、ジェムにもわかった。 「だから、謝らないでほしい。もう、頭を上げてよ、永一郎」  真一郎とスカーレットはほっと息をついた。 「いいのだろうか……私は、許されても……」  永一郎はおそるおそる顔を上げる。ジェムの目には、少なくとも怒りはない。 「許すとか、許さないとかじゃないと思うんだ……」  ジェムは少し考え、ためらいがちに尋ねた。 「……マリエは、最後に言っていなかったかな。『後悔はしていない』って」 「……なぜ、それを……」  永一郎の声が震えていた。やはり、そうなのだろう。 「マリエが昔使っていた部屋に、日記帳が残っていたんだ。そこに、あなたのことも書いてあった……きっとマリエは、自分の決めたことだから、どうなっても後悔はしないんだろうなって、思ったんだ」 「マリエが……」 「そう、マリエが自分で決めたんだ。あなたについていくことを。  僕にとってはつらいけど……でも、大好きなマリエが自分で決めたことなら、それを否定したくないんだ。僕はマリエを責めたくない。大好きな人が、本当に望むことを選ぶなら、それを止めたくはないよ」  ジェムは、本当は、マリエを止めたかった。幼いわがままで、マリエを引き留められると思っていた。しかし、それは叶わなかった。 「僕は、いつかマリエが帰ってくると信じて、二十年以上待っていた……正直、マリエを恨んだこともあった。あの広い屋敷に、僕をひとりぼっちにさせた、って。  でも、僕はマリエが好きだったんだ。本当に、本当に、大好きだったんだ。大好きな人を恨んで、きらいになんて、なりたくないよ」  ジェムの目に、少しだけ涙が浮かぶ。  ジェムを見つめる三人が、それに気づいたかはわからないけれども。 「……それに、ね。あの写真に写っていたマリエは、とても幸せそうで……僕が知っていたマリエよりも、もっともっと輝いていたんだ……。永一郎や真一郎と一緒にいた時間が、きっと一番幸せだったんだなって、僕は思ったよ……」  ジェムの瞳から、涙がこぼれた。 「だから、そうだ、僕はこう言わなくちゃ。  ……マリエを幸せにしてくれて、ありがとう」  永一郎は目頭を押さえ、何度も何度もうなずいた。 「ありがとう……そう言ってくれると、救われるよ」  ジェムは、床にしゃがみこんだままの永一郎の腕を取った。目元に涙を浮かべてはいるが、そこには笑顔も重なっている。  永一郎にとっては、マリエと少し似ていると感じる笑顔だった。 「不思議だね……昨日まで、絶対にあなたを許さないって思っていたのに。今は、まるであなたも僕の家族みたいに思えるんだ」  永一郎のしわだらけの顔にも、少しだけ笑みが生まれた。 「家族……そうか、そうかもしれないな……。マリエは結婚してからも、ときおり君の話をしていたよ。君は、大切な、たったひとりの家族だったと」 「……僕のこと、忘れてしまったわけじゃなかったんだ……」 「マリエは、君なら一人でやっていけるはずだと信じていたようだ。それでも、ときには心配になったのだろう……話を聞くたびに、私は胸が痛んだよ」  そのとき永一郎ははっとして、何かを思い出したようだった。 「そうだ……君たちに見てほしい、いや、見せなくてはならないものがあるんだ……」 *  永一郎は廊下に出て、奥へと向かった。  狭い廊下にはさまざまなものが置かれており、奥に向かうほど、ものの量が増えた。そして突き当たりまでくると、壁を覆うほど大量の段ボールが積み上げられていた。 「親父……ここ、開かずの間だろ……?」  真一郎には見覚えがある。  彼が物心ついたときから、この場所はこんな風になっていた。真一郎はここを、勝手に『開かずの間』と呼んでいた。  奥には部屋があるらしいが、一度も入ったことはない。幼い頃に何度か父に聞いてみたが、ただの物置だという答えしか返ってこなかった。 「……真一郎。もうわかるだろう、私がこの部屋に何を隠してきたか……」 「まさか、母さんの……」  真一郎は息をのむ。  考えてみれば、真一郎は母ののこしたものを見たことがなかった。まったく残っていないということは、ないはずなのに。真一郎の身の回りにそれらしきものは一切なかった。父は決して母の話をしない。母の写真も見せることはなかった。  だから真一郎にとっては、母がいたということ自体、実感がわかなかったのだ。  積み重なった大量の荷物を、四人で脇によけていく。大きい荷物も小さい荷物もある。大きいものは、真一郎にとっても運ぶのに苦労するほど重かった。 「ちょっと、早く運んでよね」  苦戦する真一郎に、スカーレットが口を挟む。 「仕方ないだろ。重いんだよ、これ」 「はあ、真一郎はしょうがないわねえ」  スカーレットはわざとらしくため息をつくと、真一郎が持つ段ボールをすっと持ち上げた。 「……力、あるんだな、お前」  あっけにとられる真一郎に、スカーレットはあきれたという目を向ける。 「私、人間じゃなくて狼だもの。当然じゃない」 「そういえば、そうだったな……」 「ほら、早く運ぶわよ。ジェムはきっと、早く中を見たいはずなんだから」  真一郎を急かしながらも、スカーレットは内心ジェムが心配だった。 (ジェム……大丈夫かな。悲しむよね、きっと、すごく……)  スカーレットはジェムのほうに視線を移した。見れば、ジェムも重たそうな荷物をひとりで軽々と運んでいる。  永一郎はそれを見ても、何も不思議に思わないようだった。 「すまないね……こんなことを手伝わせてしまって」  力が衰えているのだろう、永一郎は軽い荷物だけを持っているが、それでもつらそうに見える。 「ううん、いいんだよ。……この中に、マリエがのこしたものがあるんだね……」 「そうだ……でも、見たらきっと、つらくなるだろう。それでも、本当にいいのかい?」 「……大丈夫だよ。僕はそのためにここに来たんだ」  はやる気持ちを抑えるように、ジェムは落ち着いた声で応えた。  あと、もう少し。  もう少しで、二十年以上待ち続けた『本当のこと』に向き合うときがくるのだ。
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