<2・Mirai>

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 あの時。その村の中には、オコジョ氏と彼に教えを乞うていたミライのアカウント、その二つしかログインしていなかった。  そして、村を立てたのはオコジョであり、彼が退室すれば強制的にミライもログアウトする流れとなるはずであったのである。ところが。 「あの時、オコジョはログアウトしそうな流れというか……むしろ時間が遅いからもうこれでお開きにしよう、って向こうが言い出してきてさ。ばいばーいって言って、そこでおしまいになるところだったんだよね。でも、彼はログアウトしなくて。俺が“いえーい、よろしくー!”って挨拶したところで……ログアウトもしないまま、“落ち”マークになっちゃったんだよ」  落ちマークになる、というのは。その部屋にいたアカウントが、退室することもなく回線を遮断してしまったことを意味する。例えばうっかり窓を閉じてしまったとか、その家の回線の不具合が発生したとか、パソコンの電源が落ちたとか――基本はそういった理由が挙げられることだろう。  ただ、基本的には、“落ちになる”のはマナー違反である。落ち表記の者がいつまでも村に居座ればそれだけゲームプレイできる人数の椅子が減ってしまうし、そもそも落ち状態ではゲームに参加することなど不可能であるからだ。そのまま参加を続行していて役職を持っていたなら、基本的には“突然死”になってしまうことになる。当然、ゲームは破綻してしまうというものである。  そして、ゲーム中でなかったとしてもだ。基本的には、挨拶を言ってきちんと退室ボタンを押すのがマナーというものだ。何より、オコジョは村を立てたルームマスターである。ちゃんと退室して、村を畳んでいくのが当たり前だ。むしろ、千戦以上もの数人狼ゲームを戦ってきたというオコジョである。そんな簡単なマナーも守れないとは、到底思えない。 「回線の不具合とか、誤タップで窓を閉じちゃったとかじゃないのか?僕だってたまにやらかすことだぞ」  しれっと言う優介。もきゅもきゅとウインナーをかじっている姿が、なんだか年相応で可愛らしい。 「人間はミスをやらかす生き物だ。アンドロイドのお前にはなかなかわからない話かもしれないけどな。お前のメンテナンスの時、うっかり右手と左手を付け間違えるくらいはやったこともあるし」 「うん、そうだね、やらかしたよね!あれめっちゃ不便っていうかすっごくキモかったからね、もう二度とやらないでよね!!……って、いやいやいや、それだけだったら俺だってこんなに心配なんかしてないわけですよ。そうじゃないんですよ」 「じゃあなんだ、まどろっこしい」 「んとさ……」  この感覚を、人間にどう説明すればいいものか。AIの自分だからこそわかる情報に、ミライは困惑しつつうんうん唸る。  ミライはネットをする時、自分の回線をいわばWi-Fiのような電波で飛ばして、優介のパソコンと繋いでいる。いわば、ネットをやっている時のミライの意識は、半分ネットの海に直接飛び込んで漂っているようなものなのだ。  そう、そんなミライだからこそ――異常に気付くこともあるのである。 「……あの村のある……人狼ナイトターミナルのサーバーにね。オコジョが落ちマークになるとほぼ同時に……大量のデータが流れ込んだのがわかったんだよ。まるで……人の意識くらいの、質量を持ったくらいのデータがさ」  まさか、と思って今朝調べて見たのである。  そうしたら早速ネットニュースに出ていたのだ。――派遣社員の青年が一人、パソコンの前で倒れて意識不明になった、というニュースが。その原因は――不明。 「偶然ってこともあるよ?でも俺としてはさ……ちょっと無視できないんだよね。調べてみてもいい?派手に動くの、優介としてはあんまりして欲しくないのわかるんだけどさ」  お願い!と懇願すれば。頭脳明晰なミライの“親”は、盛大なため息と共に告げたのだった。 「……好きにしろ。ただし、あんまり無茶な真似はするなよ」
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