『記憶』と【記録】

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『記憶』と【記録】

彼女はいつも僕を引っ張って連れて行ってくれる。 どこに行くときも、どんなときも。 彼女といつも同じ方向を向いて、同じ景色を眺めて、同じ時間をたくさん過ごした。 長く一緒にいるから、僕の体調の変化にも気づいてくれる。「調子悪いの?」「みてもらおうか」って。 専門の人にみてもらって、なおしてもらって。僕がいつも通りに戻ったら、また彼女とのデートが始まる。 彼女がレンズを覗いて、シャッターを押す。それに合わせて僕が瞬きをする。彼女の望んだ一瞬を、僕が形に残す。 いつだったか、外国人が話しかけてきた事があった。「貴女の写真はとてもステキですね」って。 彼女は言った。「この子がいてくれたからこその一枚です」 そう微笑んだ彼女は、もうこの世にはいない。 周りの大人は口々に言った。「不幸な事故でしたね」って。 あれは事故なんかじゃない。殺人だった。僕は犯人を見た。僕だけが犯人を知っている。……だけど、それは僕の『記憶』であって【記録】じゃない。誰にも、僕の『記憶』は届かない。 僕の『記憶』に残っている彼女の笑顔は、僕の【記録】の中にはない。 彼女は周りを撮るばかりで、自分の写真は一枚だって撮ったことがなかった。 ーーーパシャリ。 僕は、初めて僕の意思で写真を撮った。記録を残した。 それは目覚めることのない彼女の寝顔。どんな場所より、どんな季節より、美しい写真になった。 それを見つけたヤツは言う。「誰だよ、こんな不謹慎な写真を撮ったのは」って。 そして僕のカラダのボタンを押した。 「消去しますか?」 ▶︎はい いいえ
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