腹蜜

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「腹蜜」 ―食べる―  「ポチャーン」  深い洞窟の奥でひそかに天井から落ちる水滴のようなこの音を聞くと、私はいつも落ち着いていられなくなる。  真夜中、両親の寝静まる寝室の横を静かに通りすぎ、台所の電気をつけると戸棚を開けた。なるべく、古くなってきた木製の戸が軋まないように。夜でも温度の下がりきれない季節にさしかかり、椎茸や、かつおぶしなど、乾物の匂いがぷーんと匂う中、餅と、きな粉が目に入った。 「...きなこ」  そう呟き、はさみを探して封を切ると、人差し指をなめ、袋に左手を突っ込んだ。きなこを引き連れた指をしゃぶると、口の中でふわっと大豆の香りが舞って舌に吸着し、口の中の水分を全部奪ってパサパサになった。ほのかな甘味が残る。その一つひとつの感覚を楽しむかのように、もう一度。指を丁寧に、赤ちゃんのようにしつこく、きれいにしゃぶる。  もう一回。もう一回。もう一回。  繰り返す動作の合間に、今日の会社でのいくつかのシーンが脳裏に蘇ってくる。考えたくもないのに。「もう嫌だ。あの人の顔も見たくないのに。」たまらずに頭を下げると、床にポツンと何か。涙。また泣いている、私。泣いているからか、パサパサなはずの口の中だけど、唾液が溢れている。指をまたくわえる。  同じことを何百回繰り返したのか、指は袋の隅に溜まるわずかな粉を上手にかき集めていく。  「ポチヤーン」  満たされない。もっと。止められない。  静かに、また棚を開ける。次に目に入ったのは、ピーナッツ。パッケージには「塩キャラメル」、母さんの好物だ。明日、補充しとくから、ごめん。 そう心の中で呟き、封を切る。一粒口に入れる。キャラメルの香ばしさにと、少し苦みの混じった香り。少しの塩気と甘味がなぜか頭の数か所を交差し、そして自分をほっとさせる。少し複雑なルートが脳を巡った。心地いい。もう一粒。ピーナツの薄皮の苦みもひと役買っていたのか。 もう一つ。もう一つ。
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