君に捕らわれる

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「お前も、朔眞も、番に甘すぎる」 「君にだけは言われたくないけど。それに、朔眞に番はまだいないよ」 「だから甘いと言うのだ。朔眞なら、探そうと思えばいくらでも探せるだろう。もう成人を超えたんだ。未だに番が産まれていないなどということはあり得ない」  確かに、朔眞も、今目の前にいる遠夜も、葎も既に成人を超えている。多少の年の差はあれど、まだ産まれていないということは遠夜の言う通り、あり得ないだろう。だが朔眞は一向に探そうとはしない。焦りもしない彼の姿は、まるで自分の番が誰であるかを、知っているような――……。 「どうするつもりだ? 本など与えるからあの子は外に焦がれる。知っては辛いだけのものを知ってしまう。葎、番を甘やかしたいのはわかるが、その甘さがあの子に鳥籠の窮屈さを教えることになる」  勿論、生きるに困らないだけの勉強は大公子妃でも義務として受けることができる。だが雪月花が読んでいる本は娯楽のもの。必ずしも必要なものではなく、寧ろ元老院からは禁止される類の娯楽だ。  なにも元老院とて意地悪で禁止しているわけではない。遠夜の言う通り、鳥籠の窮屈さを覚えないための策だ。窮屈さを覚えてしまえば、外に出たくなるのが人間というものだ。その渇望は、簡単に止めることはできない。だが大公妃や大公子妃は大公達にとっては一番の弱点だ。大公を崇拝する者が大半だが、反感を持つ者がこの国にまったくいないわけではない。だが大公本人は誰よりも優れたアルファだ。そう簡単に倒すことなど不可能。だが、彼らの最大の弱点である番は、当然のことながらオメガだ。妊娠に特化したオメガは腕力でさえベータに劣る。攫おうと思えば簡単に攫うことができる。そして番に危害が加えられるとなっては、大公は国を捨ててでも番を助けようとするだろう。だからこそ、国のためにも、本人のためにも、大公妃や大公子妃は鳥籠の住人であってもらわなければならないのだ。 「知らない方が良いことだってある。だから俺は紅羽には外の何も与えない。だが、もうあの子にその手段は使えない。既に外がどういったモノであるのか、他者の普通を知ってしまっては止めることなどできない。だが葎、お前もあの子も、他者が得る普通など、得られはしない。俺達は〝特別〟だからだ」  その特別を、喜んでいるわけでは、決してないけれど。 「でも遠夜。あの子は、ただ外との繋がりを遮断するだけでは納得しない。納得しないから、現状を受け入れることができないんだ」 「それで、あの子を失ってもいいのか?」  納得しないからと与えて、もしもそれで雪月花を失ってしまったら――……。  拳をわずかに震わせながら黙り込んだ葎に、遠夜は深々とため息をついた。 「もうじき元老院に見つかるだろう。葎、よく考えろ。甘やかすだけでは、守れない」  そう言って遠夜は踵を返した。窓の下に視線を向ければ、遠夜の予測通りに、雪月花に元老院が近づいているのが見えた。
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