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漸く夜になり、雪月花はこっそりと揺り籠の扉を開いた。誰もいないことを何度も確認して、ソロソロと足音を殺しながら廊下を歩く。いつも使う正面玄関には警護の見張りがいるため、ノコノコ出て行っては部屋に連れ戻されてしまう。だから雪月花は使用人が使う裏口の一つに向かった。裏口はすべて外から鍵を開けることができないような構造になっており、内側からしか開かない。だからこそ護衛もいないだろうと考えた。その予想は的中し、雪月花は置いてあった掃除用のバケツを持って急いで水を入れ、それとライターを持って裏口の鍵を開けた。外に出て建物の隅に移動する。ここなら警護の目も届かないだろう。
雪月花はウキウキしながら懐に大事に隠していた花火を一本取り出して火をつけた。暗闇に光る橙の丸い炎。チラチラと小さな光が弾けている。
(うわぁ!)
初めて目にする花火は、とても綺麗だった。たかだか炎とは言えない、素朴ながらに心惹きつけられる美しさがある。雪月花はその光に釘付けになった。
カツンと乾いた音が廊下に響く。大きな窓の脇にある柱に寄り掛かった人影があった。影はジッと窓から下を見つめている。窓の下にはしゃがみ込んでいる人影。チカチカと光る炎。
外は真っ暗で、あるのは小さな頼りない光だけであるのに、なぜだか笑っている顔が鮮明に見える。
(僕にはそんな顔、見せたこともないのに……)
弾けるような、楽し気な笑顔。あの小さな小さな、すぐに終わってしまう光に自分は劣るというのだろうか。もう雪月花とは十八年も同じ時間を過ごしているのに、あの数分にも満たない小さな光に引き出せる笑顔を、見たことがなかっただなんて。
無意識の内に拳を握りしめる。プツッと爪が皮膚を破ったのがわかった。
ずっと愛を囁けば、自由に代わるものをあげれば、彼は自分を愛してくれると思っていた。ましてや雪月花は運命の番。きっといつか、気づいてくれると。
ポトンと、かそけき音が聞こえたような気がした。真っ暗になった窓の下で、小さな炎が揺らめく。そしてまた、パチパチと光が散った。
楽しそうに、笑っている。
「このまま放っておいていいのか?」
「……遠夜」
後ろから近づいてくる足音に、振り返ったりしない。遠夜は一人近づいてきて、同じように窓の下を見た。
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