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「ダメって……」
「もってもあと1週間くらいじゃないかな……」
「何でそう思うの? 少しは元気になったんでしょ?」
「そうなんだけどさ。多分、元気になったっていうより、体が最後の力で頑張ってるだけだと思う。私も12年この仕事してるからさ、色んな人看取ってきたし、大体見てれば死期が近いことがわかるようになってきたんだ……」
「傍にいてあげなくていいの?」
「家族じゃないから。どんなに情があっても、所詮は職員と利用者だから仕事以外じゃ中々関われないよね」
それが辛いところだ。
病院に連れていきたくても、家族が望まなければ行けないし、長生きをすればその分入所期間の料金が発生する。
一般的にもう十分生きたと言える96歳にどこまでするかは家族次第だ。千代さんの家族にも生活があり、私が説得できる立場ではない。
「そんなことになってたのに、何かごめんね。まどかさんと連絡とれないとか我が儘言って……」
彼は私の体を引き寄せて、肩の上に顎を乗せる。
「ううん。そこは仕事として割りきらなきゃいけないところだったからさ。あまねくんを放っといていい理由にはならないよね。ごめん……」
「……まどかさん辛い思いしてるのに、気付いてあげられなかった。その人は、まどかさんにとって特別なんだね」
「……そうだね。その人ね、私が新人の時に初めて受け持ちになった人なの。12年前だから、その時はまだ84歳くらいだったかな」
「うちのばあちゃんと同じくらいだ」
「そうなんだ。歩くのもちょっと大変そうだったね」
「うん、膝が悪いからさ。それで、その人は?」
「うーんと、新人の頃ってあんまり観察力もないし、担当の仕事とかもあまりできないから受け持ちをもてても1人なのね。1人選ばせてあげるって先輩に言われて、まだ利用者さんと上手くコミュニケーションもとれなかった私とよく話をしてくれたその人を選んだの」
今では色んな性格の利用者さんと会話ができるけれど、当時は何を話していいかもわからず、会話が続かなくて戸惑ったりもした。
そんな中で千代さんは、おしゃべりが好きな人だったから、こちらが話題を提供しなくても自然と会話ができる、比較的手のかからない楽な人という印象だった。
「それからは自分の担当だからと思って積極的に関わって、外出を計画して一緒に買い物に行ったり、散歩に行ったり。何かイベントがあるとその人とばかりだったから、周りの職員もいつの間にか、あの利用者さんは私の担当っていうのが印象付いちゃったみたいでさ。毎年担当が変わるんだけど、その人だけは変わらずずっと私の担当にさせてくれたの。それに主任になってからは、受け持ちは持たなくていいんだけど、未だに私が担当してる」
だから千代さんが怪我をしたり、熱を出したり、転んだりした時には真っ先に私に報告がくるし、他の職員からの謝罪もくる。
他の利用者さんも大事だけれど、千代さんは特別だった。
「じゃあ、きっとその人にとってもまどかさんは特別だね」
「そうかな? 認知症あるからすぐ忘れられちゃうけどね」
「でも生活の中で仕事してる時間が1番多いでしょ? 夜勤なんて10時間以上だし。それで毎日関わって12年間なんて、家族よりも一緒にいる時間多いよね?」
「……確かに」
「特別じゃないはずないよ。いいなぁ……まどかさんにそんな想われて」
彼は、後ろから回す腕に力を込めて、肩に乗せた顔を傾け、私の頭に彼の側頭部がコツンと当たる。
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