愛情

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「だってまどかさん、すぐにでも結婚したいって言ったじゃん」 「言ったけどさ……」  ようやく動けるようになった体を起こして、スウェットの裾を腹部までおろす。辺りを見渡してまるかったスウェットと下着をバラして、足を通した。  履いた瞬間冷たくて、脱がされる前から疼いていたことを実感させられたような気がして、恥ずかしくなる。 「結城さんとは結婚秒読みだったのに、俺はダメなの? まだ信用ない?」 「そうじゃないけどさ、まだあまねくんとは付き合って3ヶ月だし……あまねくんだってもっとちゃんと私のこと知った方がよくない?」 「俺はもう結婚するならまどかさんって決めてるの。これ以上先伸ばしにしても俺の気持ちは変わらないよ」  すっかり目が覚めた様子の彼は、真剣な眼差しでそう言う。とりあえず、曝された下半身をどうにかしてから言っていただきたい。 「そう言ってくれるのは嬉しいけど、あまねくんは男の子だしさ、まだ若いし……」 「何でそんなこと言うの? まどかさん、すぐ年のこと言う。俺が年下で、頼りないからダメなの? 結城さんなら年上で安定してたからすぐに結婚でもよかったの?」  子犬のように眉を下げて、悲しそうに訴える彼。彼の言う結城さんは、私の元彼だ。  訳あって犯罪者だけれど、捕まる前はあまねくんと同じ税理士で、エリート街道まっしぐらだった。浮気もしたし、他に婚約者もいたし最低な男だったのに、そんな男となぜか未だに張り合おうとするあまねくん。 「そういうつもりで言ったわけじゃないよ。嫌な思いさせたならごめんね」  しょんぼりしてしまった彼の頭をそっと撫でると、「ちゃんと考えて。俺、まどかさんと一緒にいたい。まどかさんのこと守るのは、俺の役目がいい」なんて嬉しいことを言ってくれる。 「ありがとうね。あまねくんがそうやって言ってくれるの嬉しいよ。私も、結婚するならあまねくんがいいと思ってる」 「本当!?」 「うん。ゆくゆくは、こうやって行き来してお泊まりじゃなくて、一緒に暮らせたら嬉しい」 「俺もっ……俺も一緒に住みたい。そしたら、仕事遅くなっても、帰ってきたらまどかさんいるもんね」 「うん、そうなんだけど。でも、今はまだちょっと早すぎるかなって……」 「そうかな……。週に3回くらいは会えてるしさ、このまま一緒に住んでも問題ないと思うけど……。まどかさんが今日みたいにご飯作ってくれながら仕事するのが大変なら、仕事減らしてもいいし。そんなに凄い贅沢はできないけど、まどかさんの生活くらい支えられるし」 「それは結婚して子供ができてからでいいよ。あまねくんの負担になるのも嫌だし。働ける内は夜勤もやるし、あまねくんだって朝ごはん以外は手伝ってくれるし」 「朝弱くてごめん……」  またしょんぼりしてしまう彼。さっきまであんなに激しく、艶かしくしていたのに。 「いいよ。とにかくもうご飯食べて仕事行こう? これからのことはまたゆっくり話そうよ」 「うん。とりあえず、まどかさんのご飯食べたい」  にっこりと笑ってくれた彼が可愛すぎて、胸がキュンとする。  彼はようやく下着を履いて、洗面所へ向かった。2人掛け用のダイニングテーブルに2人向き合って食事をする。  いつものように美味しそうに食事を頬張り、新聞を読む彼。今では見慣れたスーツ姿に、ネクタイを選んであげれば、嬉しそうに締めていく。  一緒に彼の家を出て、駐車場へ向かう。  マンション住まいの彼が車を停めている駐車場までは、少し距離がある。まだ冬の匂いが残る空気は澄んでいて、休みの朝でもこんなふうに早起きしてみるのも悪くないと思う。  私の分の月額駐車場も借りてくれた彼に「じゃあ、お仕事頑張ってきてね」と声をかけ、私は自分の車に乗り込む。  いつもこうやって私を見送ってから自分の車へ向かう彼。ちょっとしたところで優しさが見えて、心が暖まる。  結婚については考えてないわけじゃないんだ。あまねくんのことは大好きだし、一緒にいたいし、結婚だってしたい。けれど、いざ結婚してみて、彼からこんなはずじゃなかったと思われるのは怖い。  もっと私のことを知ってもらった上で受け入れてもらえるなら、前向きに結婚も考えられそうなだけだ。  私は、車を走らせながら、あまねくんが訴えかける結婚について考えるのだった。
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