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帰宅してから特にすることもなく、何となく茉紀に電話をかけた。
茉紀は中学からの親友で、元彼との相談をしたり、あまねくんとの距離を近付けてくれた恩人でもある。12月23日の夜、お誘いのメッセージを茉紀が送信しなければ、今の私達はなかったかもしれない。
いや……そもそもあまねくんは最初からUSBメモリを奪う予定だったのだから、なんとも言えない。とにかく、私達の関係に茉紀も関わっていることだけは確かだ。
「おはよー」
元気な声が聞こえる。まだ8時過ぎだというのに、母親の朝は早いからか私よりもよっぽど元気だった。
「おはよう。今大丈夫だった?」
「うん、授乳中」
「ごめん、かけ直そうか?」
「いいよ。どうせ麗夢が適当に腹一杯になるまで飲んでるだけだから」
何でもないように言う彼女。子供を抱えながらで大変だろうに、あっけらかんとしている。
「光輝は?」
「この前じいじに買ってもらった変身ベルトで遊んでるよ」
「朝から元気だねぇ……」
「うるさくてしょんないよ。まあ、一人で遊んでくれるからいいけどね」
「そっか。授乳終わったら麗夢も寝るかね?」
「寝ると思う。光輝の時ほど泣かないし。やっぱ男の子より女の子の方が楽だわ」
「そんなに違うの?」
私は、茉紀と会話をしながらスティックタイプのカフェオレをマグカップに入れ、お湯を注いだ。
簡単なわりに美味しいから気に入って時々飲んでいる。それを持ってリビングに戻り、ガラステーブルの上に置くとソファーへ腰かけた。
「違う違う。最初に産むなら女の子の方がいいかもね。って、そんなことより何か用事があったんじゃないの?」
「いや、用事って程じゃないんだけど……」
「どうせあまねのことでしょ」
茉紀には全てお見通しで、私も呼び捨てにしたことなどない彼の名前を呼ぶ彼女。
「そうなんだけど……」
「何、珍しく喧嘩でもしたの?」
「ううん、結婚したいって言われた」
「すりゃいいじゃん」
なんともあっさりしている。そりゃ、すりゃいいんだけれども、今じゃないじゃんねと言いたい私。
「でもさ」
「あんた、もう32だよ? もうすぐ33でしょ。わかってる? 子供産む気はあるんでしょ」
自分の意見を言おうとすれば、私の言葉を遮り、そう言われてしまった。
「あるよ。子供は欲しいよ。可愛いなって思うし」
「何人ほしいんだっけ?」
「2人かな……」
「絶対早い方がいいから! 私、この年で麗夢産んで結構大変だったよ。しかも、2人目作り始めて、この子ができるまで1年かかってるからね。避妊しなきゃ誰でもすぐにできるわけじゃないだよ」
「まあ、そりゃそうだよね……」
「子供ができやすいかできにくいかなんて、実際作ってみなきゃわかんないんだからさ。子供が欲しいならすぐにでも作った方がいいよ。今から作り始めて順調にいけば33で産めるけど、1年遅れたら34だよ? そしたら2人目は確実に高齢出産。医療は発達して、無事に出産できる人は増えたけど、リスクがなくなったわけじゃないじゃん。できにくくて不妊治療して悩んでる人だっているんだからさ、あまねが結婚したいって言ってるならさっさと結婚して子供作っちゃえば?」
いつになく真剣な声色の茉紀。普段はふざけているくせに、やはり母親だからだろうか、子供のこととなると真面目に話を聞いてくれる。
「あまねくんさ、次の誕生日で28になるんだよ。私は確かにもう33だけど、男性が28で結婚って早くないかな?」
「早くないって! うちだって光輝が妊娠して結婚したし、うちらタメだからあいつが27の時だよ。今のあまねと一緒じゃん」
「あー……そっか。でも、茉紀っち3年は付き合ってたじゃん」
「まあね。でも付き合った年数なんて関係なくない? 結局雅臣だって5年付き合ってたくせにクズだったわけじゃん」
「確かに……」
「そのクズよりあまね選んだんだから、つべこべ言わずに籍入れなよ。あまねだって焦ってるだろうしね」
茉紀の言葉に目を見開く。あまねくんが焦ってる? そんなこと、考えもしなかった。
彼は私よりも若くて、これからの未来も出会いもある。私が27歳の時、雅臣と出会って今後もしかしたらもっといい出会いがあるかもしれないと思ったように、あまねくんもそう思う時がくるかもしれない。
そりゃ私は、今後あまねくん以上に好きになれる人など現れないだろうと思っているし、結婚するならあまねくんがいい。
けれど、彼の今後を考えると色んな可能性を尊重してあげたいと思っていたからだ。
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