ラポール形成

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 お言葉に甘えさせてもらい、あまねくんの祖母のことはおばあちゃんと呼ばせてもらうことにした。  ダリアさんとおばあちゃんと暫く話をしている。初めは全く違和感を感じなかったのだけれど、おばあちゃんが「あなた、お名前は?」と聞くものだから、あれ? 認知症……なんて頭に過る。 「ダリアさん、おばあちゃんって……」  おばあちゃんに聞こえないよう、わざと小声でダリアさんに話しかければ「うん、認知症なの。2年前くらいからかな? しっかりしてて、覚えてる時もあるんだけど、不意に忘れちゃうみたい。まだ勝手に外に出たり、狂暴になったりってことはないからいい方だとは思うんだけど……」と言って悲しそうな表情をみせた。 「そうなんですね……。だから余計に律くんは……」 「そうなの。ごくたまにだけどトイレの場所がわからなくなったりもするから……律はそういうのも嫌がらずに面倒みてくれるのよ」 「優しい人ですね……」  あの笑わなそうな律くんからは想像ができなかった。  私の周りの人間からも、大人の排泄物なんか絶対に触りたくない。介護とか無理という意見が多い。  身内であれば、支援していくことは仕方ないけれど、まだ20代の頃からおばあちゃんのことを気にかけられるのは、凄いことだと思う。 「ね。まどかちゃんは、うちのおばあちゃんよりももっと認知症が進んだ人とも関わるのよね?」 「そうですね……認知症の種類によっても出る症状が違うんです」 「認知症ってそんなにたくさん種類があるの?」 「そうなんですよ。他の病気が原因で発症するものもありますしね。進行が速い人は本当に速いですし、若ければ若いほど速いです」 「まぁ……そうなの。じゃあ、お義母さんはいい方なのかしら?」 「認知症の進行って環境も大きく関わっているんです。単純に忘れちゃったと言うより、本人にとってはなかったことになっちゃうので、相手に理解してもらえなかったり、環境の変化が大きいと悪化したりします。でも、おばあちゃんの場合、毎日ダリアさんがいてくれて、優しく接してくれて、律くんも傍にいてくれるから精神的に安定しているんだと思います」 「あら……そうなの? じゃあ、無理に何かを変えようとしない方がいいのね」 「そうですね。多少変なことを言っていても、否定せずに聞いてあげる方が落ち着くと思います。症状が出るのが時々なら、尚更ですね」 「そう……。まどかちゃんが理解のある子で嬉しいわ。私よりもよっぽど知識もあるものね。奏はね、最近お義母さんにも冷たくあたるの。昔はあんなにおばあちゃん子だったのに……」  ダリアさんは、青い瞳を揺らしながら表情を曇らせた。声色も静かで落ち込んでいる様子だ。 「おばあちゃんにだけですか?」 「そうね……。ただ、それに対して私が注意すると声を荒げたりすることもあるの」 「おばあちゃんとの間に何かあったんですかね?」 「聞いても答えてくれないから対処のしようもなくて困ってるの。このままお義母さんの認知症が進行したら、どうなるのかなって少し怖い。律は優しい子だから、いつまでもお義母さんの面倒をみるつもりで、自分の結婚も後回しにしそうだし……」 「そんなにおばあちゃん想いなんですね」 「周と奏が出ていった分、1人で抱えようとしてるのよ。周みたいに結婚のことを考えてもいい歳なのにね……。あの子の恋愛については誰も聞いたことがないの。話したがらないし。かといって連れてきた女の子がお義母さんを受け入れてくれるとも限らないし……」  一般的にみると、認知症の高齢者がいるというのはどうなのだろう。  私は、自分が介護士だからか、この程度の認知症ならなんの支障もないように思える。今後、介護する量が増えたとしても、支援していくのは苦ではない。  だけど、ダリアさんが言うように、律くんが連れてきた彼女がこの家でおばあちゃんの面倒を見るのは嫌だと言ったらどうだろか。今でも積極的におばあちゃんの世話をしている律くんは、この家を出ることを拒むかもしれない。  そうなったら、結婚しないか、おばあちゃんを受け入れてくれる子を探すかになってしまうのだろうか。  私は、あまねくんの妹さんに認められることで必死だったけれど、ダリアさんには母として、夫の嫁としての悩みがあるようだった。
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