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遠いリビングの窓の外を見れば、だいぶ薄暗くなっている。
ここへきたのは14時だったから、4時間くらいはいたことになるだろうか。
玄関まで走っていったダリアさんの背中を見送ると、すぐに帰宅した主を連れて戻ってきた。
「あ……お客さんって周の……」
そう言って軽く会釈したのは律くんだった。父親の方じゃなくて少しほっとしている。
父親もいい人だったけれど、1人守屋家を訪問した身としてはまだハードルが高い。
「律くん、こんばんわ。お邪魔してます」
立ち上がって彼の方へ体を向けた。
「いえ……周は一緒じゃないんですか?」
ダイニングからリビングまで見渡してそう彼は言った。
「周はまだ仕事中でしょ。まどかちゃんね、昼間から来てくれてたのよ」
ダリアさんが笑顔で言うと、彼は「1人で?」と目を丸くさせた。当然だろう。
あまねくんの妹さんには拒絶され、苦い思い出のあるこの場所に丸腰で1人乗り込むなんて、律くんから見ればただ事ではない。だから、彼の反応は正しいものであった。
「ダリアさんが誘ってくれたの。遅くまで居座っちゃってごめんね」
敬語はいらないと先日言われたものだから、あまねくんに話をするように接した。
「そう……ですか。祖母も一緒に?」
「うん。昨日はね、あまねくんと一緒に挨拶に来させてもらったんだけど、律くんまだ帰ってなかったみたいだったから……驚かせちゃってごめんね」
「いえ。それはかまわないです。この時間に祖母がここにいることに驚いたので……。話し相手ができたのなら、よかった」
そう言って律くんは、おばあちゃんの横顔を見てふっと笑った。
あ……、笑った。初めてみた微笑に少し嬉しくなった。
やっぱりおばあちゃんのことになると優しそうな表情をする。迷惑がられなくてよかった。
彼の表情を見て安堵した。
「ダリアさん、時間も気にせず遅くまですみませんでした」
隣にいるダリアさんに視線を移せば、「ううん、引き留めちゃったのは私だもの。まどかちゃん、今からご飯作るからよかったら食べていったら?」と微笑んだ。
「いえ、先日お邪魔したばかりなのにそんなご迷惑は……」
「その内、周も帰ってくるだろうし、食べていったらいいんじゃないですか?」
律くんも嫌がるだろうと断ったのだけれど、意外にも彼がそんな言葉を発した。
「律くんは……いいの?」
「俺は、別にかまわないです。周もあなたがここにいることを知ってるなら、一旦寄ると思いますよ」
「そう……かな」
1、2時間お邪魔したら帰宅しようと思っていたし、あまねくんと会う約束もしていなかったから、今日も会えるならそれはそれで嬉しいけれど。
「じゃあ、決まり! 律は着替えてきて。まどかちゃんは少しお義母さんの相手しててくれる?」
仕事を与えられて、少し背筋がピンとする。結局、あまねくんの父親とは会うことになりそうだけれど、あまねくんも帰ってくるならいいかなんて思ってしまう。
ダリアさんに言われたように、もう一度おばあちゃんの隣に腰をかけた。
「今日はまた一緒に夕御飯をご馳走になることになりました」
耳元で言えば「はいはい、どうぞ召し上がれ」と言って歯を見せて笑ってくれた。「まどかちゃん、おうちはどこ?」そう私の名前を呼んでくれたものだから驚きと感激が込み上げた。
「うそ……おばあちゃんが名前覚えてる」
ポロリと律くんの口から溢れ、驚いた顔をしている。彼の反応を見て、やはり最近は忘れやすいのだろうと思った。
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