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隣を見ると、私と律くんを見ておばあちゃんがニコニコとしている。
私は、彼女の耳元で「律くん、立派なお孫さんですね」と声をかけると「そうですか。律はね、いい子なんです」と嬉しそうに更に顔を緩めた。
次の言葉を返そうと更に近付くために左足を踏み込むと、ピチャッと足に冷たい何かを感じた。
職業柄か、何となく何かを察した。
そっと椅子を引いてみる。やっぱり、フローリングの上は水溜まりができていた。
おばあちゃんは、気にする素振りもなくまだニコニコとしている。
「どうしました? ……まさか」
私の異変に気付いた律くんが立ち上がって急いでこちらに回ってくる。
状況を確認して「おばあちゃん、トイレ行く時は言ってって言ったじゃん……」とため息をついている。
それを見たダリアさんも急いで駆け寄ってきて「大変! まどかちゃん、大丈夫?」と私の心配をしてくれている。
「大丈夫です。それより、おばあちゃんの着替えをしてあげないと風邪引いたら困ります」
「おばあちゃん、タオル持ってくるからちょっと待ってて」
律くんは急いでタオルを取りに行く。おばあちゃんが立ち上がると椅子からズボンから滴り落ちる水分。
残念ながら少し臭う。キレイなダイニングで事が起こってしまったのは悲しいけれど、こればかりは仕方がない。
律くんが戻ってくると、おばあちゃんの靴下を脱がせて、濡れたタオルで足底を拭いた。
乾いたタオルをズボンの上から巻き付けて、「おばあちゃん、着替えてこよう」と優しく声をかけた。慣れた手付きだ。
日常的にあることなのだろう。ダリアさんはたまにトイレがわからなくなると言っていたけれど、その度に律くんがこうして対処しているのかと思うと、少しだけ胸が痛んだ。
「祖母がすみませんでした」
「ううん、気にしないで。慣れてるって言ったら変だけど……」
顔の前で手を振って言うと「すみません。先に着替えさせて来ます」と眉を下げた。さすがに律くんも申し訳ないといった様子だ。
「ごめんね、まどかちゃん。足元大丈夫?」
「ちょっと、踏んじゃったみたいです」
「大変! ストッキング脱いで」
スカートで来てしまったものだから、よりによってストッキングを履いてきていた。靴下だったのならその場で脱げるが、さすがにスカートをたくしあげてストッキングを脱ぐのは気が引けた。
だからといってこの場から動けば歩いたところが尿まみれになってしまう。
「……はい」
仕方なく、前屈みになりコソコソとストッキングを脱ぐ。
「洗濯しても履くのは嫌でしょうから捨てさせてもらっちゃうわね。弁償するから」
「いいですよ! そんなに高価なものじゃないし。それより、早く床を拭かないと染み込んじゃうかもしれません」
「ああ、そうね……」
慌てふためくダリアさんをよそに、律くんが持ってきてくれたタオルで椅子とフローリングを拭く。
椅子はクッション部分の上にベロアのようなカバーがかけられている。どうやら取り外しができるようで、それを丁寧に剥がせば、中からまた水分が流れ落ちた。
「まどかちゃん、いいのよ! 私がやるから! 素手でそんな……」
「大丈夫です。日頃からやってることですから。気にしないで下さい」
私もダリアさんに断りを入れてから、濡れたタオルの面を変えて、尿を踏んづけた部分を拭かせてもらった。
「洗っていい場所ありますか?」
「いつもはお風呂場に……待って、新しいの持ってくるから。これは捨てちゃって」
そう言ってダリアさんはビニールの袋を持ってきた。
さすがに家族も排尿まみれのタオルで顔や体を拭くのは気が引けるだろうと思った。言われた通り、袋の中に入れれば「タオル、何枚必要かしら?」と聞かれた。
「濡らしたのと乾いたフェイスタオルを2枚ずつもらえますか?」
おそらく浴室まで案内されないということは、今おばあちゃんが入っているのだろう。今みたいに濯げないとなると、1枚ずつではたりない。
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