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ダリアさんが持ってきてくれたタオルで乾拭きで水分を取り、水拭きした後、もう1度乾拭きをした。
新しい濡れたタオルでおばあちゃんの歩いた跡を辿る。
「まどかちゃん、本当にそれ以上はいいから。ごめんなさい」
「私ももっと気にしてあげればよかったです。長いこと椅子に座りっぱなしだったから……」
「まどかちゃんが気にすることじゃないわ。いつもはトイレに行くってちゃんと言ってくれるの。トイレの場所がわからなくなることはあっても、その場でしてしまうことって今までほとんどなかったから……」
ダリアさんはそう言うが、律くんの動作は慣れているものだった。おそらく、ダリアさんが主に見ている昼間は比較的調子がいいのだろう。
きっと夜間のトイレは律くんが見てくれているのだと勝手に推測した。
「仕方ないことですよ。そういうこともありますから」
「食事をするところであんな……。是非お夕飯をってお誘いしたけれど、これじゃ……」
「本当に大丈夫です。失敗しちゃって1番辛いのはきっとおばあちゃんですし……。あんまり謝られてしまうと、おばあちゃんが責められているみたいで、少し悲しくなります」
「……そう。そうね、1番辛いのはおばあちゃんよね……。まどかちゃんは凄いわね……。こんな時でも冷静におばあちゃんの気持ちを考えてあげられるんだから」
「凄くなんかないですよ。おばあちゃんだって好きで認知症になったわけじゃないですし……。足は洗えば済むことですけど、おばあちゃんが傷付いていたら、精神的にも負担がかかります。きっと律くんに色々してもらうのも、申し訳ないと思っている部分もあるでしょうし。だから、ダリアさんは変わらずおばあちゃんに優しくしてあげて下さい。私も、せっかく誘っていただいたので、お夕飯楽しみにしていますから」
そうやって笑って見せれば、なんとなくだけどダリアさんの表情も和らいだ気がした。
おばあちゃんと律くんの声が聞こえて2人が戻ってきた。
「お見苦しいところを、どうもすみません」
おばあちゃんは、悲痛な笑みを浮かべてこちらを見た。ところどころの記憶はあるから、なぜ自分が失禁してしまったのかわからず、客人の前で粗相をしてしまった自分が情けなくて恥ずかしくて仕方がないのだろう。
これがもっと認知症が進んでいて、現状が全く理解できなければ、それはそれでそっちの方が精神的負担は少ないのかもしれない。
「私がおばあちゃんを引き留めちゃったから、言い出せなかったんですね。こちらこそ気が利かなくてすみませんでした」
「そうじゃないのよ。本当にごめんなさい。りっちゃんも迷惑かけてごめんね」
「俺は迷惑だなんて思ってないからいいよ」
律くんの腕を掴んで謝罪するおばあちゃんの背中を優しく擦ってあげながらそう言う律くん。
ちょっと騒がしくなってしまったけれど、家族愛が垣間見れた気がして、少しほっこりとした気分になった。
「ただいまー」
そんなタイミングを知ってか知らずか、愛しい人の声がする。急に気持ちは明るくなって、彼の姿を待ちわびた。
「え……何事?」
全員がダイニングテーブルの前に立ち尽くしている姿を見て、彼は大きく目を見開いた。
つい先程までバタバタと忙しなくしていたことなど彼には想像もつかないだろう。
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