ラポール形成

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ラポール形成

4月22日 月曜日 14時00分  大きな門構えの前に車を止め、チャイムを鳴らす。  明るく弾んだ声が聞こえて、車庫のシャッターが開いた。  昨日あまねくんが車を止めたそこへ、自分の車を置いた。以前のように左右に高級車がないから、幾分か安心して駐車することができた。しかし、1人で訪れた緊張感は半端ない。  大きく深呼吸をして、守屋家の敷居を跨いだ。  昨日も、前回訪れた時も外は薄暗かったため、あまり庭も見渡せなかったが、あちらこちらに大きな木があって、整備された花壇には黄色や白の花が咲いていた。  まるで童話にでてきそうな可愛らしい庭だった。  首が痛くなるほどそびえ立つ大きな白い建物は、壁の水垢なんかもなく輝いて見えた。  リビングであろう場所の窓は大きく、ほとんど壁が緑がかったガラスで覆われている。何度見ても立派なお屋敷だと圧倒されてしまう。 「まどかちゃん、いらっしゃい。待ってたのよ」  玄関のドアに近付けば、タイミングを見計らったかのように中から出てくるあまねくんの母親。  青い瞳をキラキラさせて、栗色の髪がウェーブしていて相変わらず美しい。白地に青いストライプシャツが似合っており、黒パンツから流れるように伸びた長い足は健在だ。 「おじゃまします……」 「はーい。上がって、上がって。おばあちゃんももう待ってるのよ。まどかちゃんが来てくれるって楽しみにしてたんだから」  優しく微笑む彼女に安堵する。  1人でくるのは心細かったが、こうして歓迎してもらえると、訪れてよかったと思える。  事の発端は、私の大好きだった千代さんが亡くなったこと。  あの日の夜、あまねくんに慰めてもらったけれど、次の日夜勤に行けばまた千代さんを思い出した。  仕事中は毅然と振る舞ってきたけれど、あまねくんとの約束通り、彼のマンションに直行すれば彼の顔を見た途端に涙が溢れた。それが昨日のこと。  夜勤明けで睡魔が襲い、あまねくんがとりあえず寝た方がいいと言うから、彼の腕の中で昼過ぎまで眠った。  昼食も摂らずに寝てしまったものだから、起きた時には空腹感でいっぱいだった。隣に彼はいなくて、目を擦りながらダイニングへ行けば、炒飯とワンタンスープが置かれていた。 「まどかさん、おはよう。俺、あんまり料理できないけど、まどかさんお腹空いてるかと思って……。今起こしに行こうと思ってたところ」  彼が優しくそう言って笑ってくれたから、とても癒されて、すうっと気持ちが楽になった。やっぱりあまねくんと一緒にいる時だけは、心が穏やかでいられる。   彼の作ってくれた食事はとても美味しかった。男性に料理を作ってもらうことなど初めてで、嬉しい気持ちでいっぱいになった。  食後も2人でゆっくりしていると、あまねくんが突然「そのおばあさんの代わりにはならないかもしれないけどさ、まどかさんさえよければうちのばあちゃんに会いに行かない?」そんな提案をしてくれた。  私の父親は、元々熊本県の人で私の祖父母にあたる父親の両親は、熊本県に住んでいた。  年に1度会うか会わないか程度で、祖父は10年前、祖母は6年前に他界している。  父と祖父の仲があまりよくなかったことから、私もほとんど祖父母と会うことがなかったため、他界した時もそれほど悲しみも実感もなかった。  母方の方は、私が幼い頃からよく祖父母と交流していた。祖父母の家に預けられることも多かったし、大好きだった。  そんな祖父は、私が中学生の時に脳梗塞で倒れ、一命をとりとめたが麻痺が残り、祖母が介護することになった。  それから5年後、脳梗塞が再発し、今度はあっけなく他界してしまった。  その時には今回と同じくらいに悲しみに暮れたが、あれから10年以上経っているため、私もそこからは立ち直っている。  祖父を亡くして精神的にも弱ってしまった祖母は、母の兄夫婦に引き取られた。向こうにも家庭があるため、祖母と会う機会もめっきり減った。  こちらが会いたいからといってすぐに向こうの家に出入りできるような関係ではなかった。  そういったことで、実の祖父母とはほとんど縁のない私。その話をあまねくんにしたからか、彼の祖母との時間を作ることを提案してくれたのだった。  昨日の夕方、あまねくんと一緒に急に押しかけたのにも関わらず、彼の母親はとても喜んでくれ、「まどかちゃん、明日お休みなら早くからいらっしゃいよ」とお誘いまで受けたのだ。  昨日は挨拶程度で済ませ、あまねくんの祖母とも少し会話をして帰宅した。  本日仕事中の彼が不在のまま、あまねくんの母親と祖母だけがいる守屋家に訪れたというわけだ。
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