面影の人

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━━今、目の前に見えている光景が夢なのだろうか?  漫画のワンシーンのように、頬をつねってみる。当たり前だけれど、普通に痛い。  母と同じ顔をした女性は、丸めた背中をこちらに向けながら、人参の盛られたワゴンに(たか)る人の群れへと分け入っていく。  歩く姿まで、母そのものだった。  自分自身でも気持ち悪いと思いつつ、母と同じ顔を持つ女性の一挙手一投足に目が離せなくなってしまった。  彼女はポップスタンドにぶら下げられたビニール袋を引き抜くと、親指と人差し指で摘まんで擦り始めた。人参を詰めるために口を広げようとするが、どうやら上手くいかないらしい。三日月型の目元から笑みが消え、眉間にシワを寄せると明らかに苛立った表情に変わり始めた。  手助けしようかと近づきかけた私は、一瞬にして気持ちが冷める。自分の思うように事が進まないと、瞬時に不機嫌な態度を取る母を思い出してしまったのだ。  目が離せないままに後退っていると、女性の隣に立っていた別の買い物客が気を利かせ、口を広げた状態で自身が手にしていた袋と交換してあげている様子が見えた。 「わぁ、ありがとう!」  薄い上唇を捲らせた女性は、前歯との隙間に歯茎をわずかに覗かせながら、無邪気に笑った。 ━━やっぱり、母だ。  偶然見かけて初めて入ったスーパーマーケットで、亡き母に出会ってしまった理由は分からない。  恐らく……いやきっと、ここへ来れば、また会える。人参を懸命に詰める彼女の後ろ姿を見届けながら、そう確信した。
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