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夜の空
眼下に広がる魔族の群れから対空魔法が飛んでくる。レナームと名付けた巨大なハヤブサは、自ら躱し、炎の魔法で迎え撃つ。
夜空を切って飛んで行く、目指す先には廃墟と化した都があった。遷都してから何百年も放置され、城壁の多くは崩落し、民家や施設は辛うじて、骨組みと基礎を残すだけだった。
旧帝都にそそり立つ皇帝一族の居城さえ、容赦ない時間の浸食に晒されている。ガラス窓の大半が割れ、重厚な壁は崩れ落ち、わずかな隙間に根を張った草木が城を埋め尽くす。辛うじてシルエットだけが以前の面影を要しており、闇夜の中で遠くから見れば今もなお、かつての威光を感じさせるほどだ。
「俺たちがいるのは西側で、東側には具現の勇者か。いったいどんな魔法なんだ?」
ハードレザーに身を包む少年が地図に目を向けたまま言った。
「どんな兵器や道具でも、最高の状態で、好きなだけ作り出せるんだ、ってさ」
「なんでもってなに。ゲームとかでもいいの?」
利き手のバックラーに仕込まれたナイフを引き抜き光にかざす。新品の刃は綺麗に研ぎ澄まされて、自らの茶色の瞳が写り込む。
「できそうじゃない? スマホとか銃とか戦闘機とか出しているのを見たことあるし、ものすっごいミサイルを降らせてた事もあったし。もちろん魔力が許す範囲で、だけど」
「でしょうね。この作戦が終わったらゲーム出してもらおうかな。この世界に来てからゲームなんてやれてないし」
「頼むだけならいいと思うけど、ショウは共通語を話せるの?」
「なに、日本語じゃ通じ無い?」
「通じないね。確かフランスの人だって言ってたけど、英語が共通語で充分伝わる」
「まじかぁ。俺、どっちもダメなんだよ。助けてミツキさぁん」
「なら諦めて。綺麗でかっこいい人だけど、性格は荒っぽいから。サクッと殺される」
「こっわぁ。紫勇者ってみんなそうなのかよ」
ナイフを手に持ったまま、刃を自らの手首に押し当てる。夜風を浴びて冷えた刃は氷のようで、痛みさえも感じない。
「南からは時空の勇者。もう名前だけで強そう。で、一番敵勢力が多い北からは。やっぱりレインさんか」
「あたりまえでしょ。レインさんは私のお師匠なんだから」
手首に浮かんだ静脈へ刃の先を押し込んでいく。赤黒い液体が肌を貫き、光沢のある半球状のドームを形づくる。
「やっぱ一緒に行きたかった?」
「そんなことは無いよ。でも。まだ信頼してくれてないんだなぁ、って」
深く、より深く。手首に刃を押し付ける。痛みは全く感じない。代わりに指の先から血の気が引いて、痺れとなって脳に伝わる。
ショウは暫く無言で見つめると、やや間を置いて静かに口を開いた。
「ミツキのことを大事に想っているからだと思うよ。本当にどうでも良いなんて思っていたら、平気で巻き込まれていると思う。ほら見てよあれ。あんな所にいたら流石にミツキでもやばいでしょ」
赤く、鈍く輝く炎が大地を裂いて、高く空へと吹き上がる。溢れ出す溶岩が綺麗な放物線を描き上げ、輝くペンキで染めあげた。
「そうだね。ありがとう」
「でもレインさんって、水の魔法だったよね。あれもいけるんだ」
「行けるみたいだね。流石お師匠」
私も負けてられないな、と小さく呟き刃を離した。
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