Let's 進路相談!

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Let's 進路相談!

e52b6975-c0f6-4d0c-8e8b-48d6a96d8706  広い洋館は親子三人で住むにはちと広い、しかも親父は滅多に出て来ないから実質兄貴と二人で暮らしてるようなもんだ。屋敷の中は朝でも常に薄暗い。  ばたばたと階段をかけ降りると十人は一度に食事できそうな食卓で、ウサギ柄のパジャマ姿で兄貴が紅茶を飲んでいた。もとい零していた。  半開きな目で玄関を見つめている兄貴はカップに口をつけているが、口の中まで流し込めていない。  美しい銀色の髪と掘り深い顔立ちで女子の人気を総取りにしている美青年だとは信じがたい。でも信じるしかないんだよな。帰りには学校で顔合わせちまうことになるもんだから。兄貴は俺の通っている高校の夜間部の教師だ。でも朝が弱くて朝起きてる時は大抵こんな感じ。 「兄貴~オッス!」 「……おは…ゴボッゴホッゴホッ……」  あ~あ、飲みかけで喋るから。 「だ、誰が紅茶を……」 「親父や俺が入れるわけないじゃんかよ」 「……泥棒!!」  俺は勢いよく立ち上がった兄貴の頭をどついた。 「そんな泥棒いるか!!」 「じゃあ……」  俺は兄貴のカップを持っていた方とは反対の手をじーっと見つめる。兄貴がその視線をたどっていく、だが気をとられたのか手が緩んだ。  ガッシャーン!!  手に持っていたティーポットが床に落ちて粉々に砕ける。って、しかもこれ親父のコレクションの一つじゃん!  ……なんというか。 「俺、しらーね」  逃げようとする俺の襟首は後ろに引っ張られる。 「離せよ!俺学校が!!!」 「死なばもろともという言葉が日本には存在する」 「ねーよ!あったとしても今は忘れろ」 「お前が声をかけるから」 「人のせいにすんじゃねーの、それでも現役の教師か」  言い争う俺は逃げるタイミングを逃した。廊下を全力疾走する音が聞こえる。 「離せよっての」 「見捨てないでくれ、弟だろう」  勢いよく扉が開いた。  内側が赤、外側が黒のマントをつけた西洋風の服装、パジャマだそうなのだが……それはさておき親父が血走った目でこちらを睨んだ。髪は俺と同じ黒だ。 「今、俺の二百万はするアンティークティーポットが丁度一メートルぐらいの高さから落ちて砕けたような音が聞こえたが……」  家にティーポットは数十個あるのに音だけで聞き分けてくるとは大した物だ。 「親父、まだ夜は来てないじゃん、早く寝なおした方が」  親父の目が足元のティーポットで止まる。砕けたティーポットを数十秒直視したあと、足音も立てずに目の前に一瞬で移動してくる。うお、早!  俺が胸倉を掴まれるより早く兄貴が親父に土下座する。 「……ごめん。うっかりして、ぼーとしてたから……」  にっこり笑い親父は兄貴の頭に手を置いた。俺はゆっくり後ずさる。  バキッ!  額を床に叩きつけられそうになった兄貴は机に両腕をついて咄嗟に直撃を防いでいたが、齢一千歳を越えるバンパイアの親父の力に床は耐え切れていない。手をついた部分の床に穴が開いた。更に頭を押さえつけられ兄貴は顔を歪める。 「はん? もう一度言ってみろ。誰がこのティーポットを割ったって? 言ってみろよこのボケがあ」  実の息子に何の手加減もない。頭を掴んで持ち上げたかと思うと床に叩きつけた。押さえ込まれた状態の兄貴が視線で俺に助けを求めるが……  ムリ!何があっても絶対無理!  俺は人間の血の混ざったバンパイアだし、純潔の兄貴が太刀打ち出来ない化け物(親父)に立ち向かう勇気はおろか、針の先ほどの気力もない。  百万だされたって無理!一千万だされたって……いや、一千万なら……。 「お前らは怪我をしても時間が立てばいずれ怪我は治る。だがなあ、ティーポットは壊れたら金を払わなければ直らないんだぞ。なことはどうでもいい、このティーポットなあインターネットのオークションで六百万で売れるところだったんだ。それを……死んでも守らねえかこの馬鹿があ」  床に頭を擦りつけられる兄貴の何と惨めなこと。こりゃあ学校の女子が見たら余りのショックに卒倒するぞ。 「床にまで穴を開けやがって、どう弁償してくれる! 臓器でもうっぱらうか」  いやいやいやいやいや!それは親父がやったんじゃん。兄貴関係ない。  ボキッ 「……っ」  嫌な音が聞こえた。親父は兄貴の右腕を掴んで引き寄せている。兄貴の右腕はあらぬ方向に曲がっていた。自分の息子にここまでやりますかと突っ込みたいが、残念ながら事実である。  親父の表情に浮かぶのは怒りと愉悦に満ちた笑み。 「許してくださいと言えば許されると思っているのか。金ってのは命より重いもんなんだよ」  俺は胸の前で十字をきって家を飛び出した。親父があの表情を見せた時はやばい。 「学校いってきます!」  家を飛び出すまで全力疾走した。 「良かった今が昼間で」  通学路を歩きながらとぼとぼと学校へ向かう。俺まで責任を押し付けられてもなあ。まあ、俺の場合兄貴ほど扱い酷くはされないが、兄貴みたいに拷問室に連れて行かれることもないし……だから兄貴も俺に助けを求めるんだしな。  半分人間の俺は不死身の兄貴ほど身体が丈夫じゃない。だから兄貴みたいに骨を折られたりまではされたことがない。ちょっと数度ひっぱたかれる程度だ。怪我だってしない。余程のことがない限りは。  それでも叩かれりゃ痛いもん。関わりあいにはなりたくない。  学校では春休みのことで盛り上がっていた。来年から二年生だというのにもう進路についての話が出ていた。そんなの三年で考え始めりゃいいじゃん。やだねやだね。働くとか。働かなくてもお金って転がりこんだりしないもんなのかね。そういや今日は午後から三者懇談だっけ。勘弁しろよ、進路なんて考えたくないっての。鞄を降ろして筆記用具を……あ、忘れた。まあいいや、今日はどうせ終業式だし。 「死道夜死露(しどうやしろ)!」  入ってきたのは体育教師の遠藤正道だった。俺こいつ嫌い。 「スーサイドはどうした。お前の兄だろう。今日は朝の職員会議には夜間部の顧問も集まることになっていたのにどうしてさぼった。まさか昼の会議もサボるんじゃないだろうな」  なるほど、だから今日は早く起きてたわけね。 「すんませーん、何分兄貴は朝が苦手なんで」 「な、なんだその大人を馬鹿にした態度は、兄弟揃って社会を舐めているにもほどがある」  そんな顔を赤くされてもなあ。兄貴のこと言われたって俺には関係ないし。朝の兄貴しか知らないんじゃ無理もないとは思うが、本来バンパイアって朝行動するもんじゃねえし。日焼けクリーム塗って服着こんでも肌が焼けるように痛いって前に兄貴が言ってたからなあ。 「あんな奴に給料払えるか」 「そりゃあいいねえ」  益々顔を赤くした遠藤は俺の頬を軽くはたいた。 「教師をもっと……」  俺の笑みを見て遠藤が凍りつく。俺は声を張り上げた。 「こいつ俺のこと殴りやがった。体罰だ、見てたよな俺何もしてないのに」  回りのクラスメートに触れ回る。「体罰だ」と騒ぐ声が大きくなる。遠藤はすっかり焦った顔で教室を出て言った。  ざまーみろ。第一給料払うのはあんたじゃなくて学校だろ、しかもそれって税金じゃん。  何もしてないってのは嘘だ。俺は半分でもバンパイア、正気の人間は無理でも逆上した人間の理性を外してやるぐらいのことは出来る。俺の目を覗きこむのが馬鹿だ。やーい、ばーか。  終業式が終わって俺は家へと向かう。途中の電気屋のテレビで働かない大人の特集をやっていた。ニートとかいうやつらしい。流行ってんのかなよく見かけるけど。  親父はまだニートではない。月に一度か二度だが仕事はしている。 「はあ、三者面談か」  帰って直ぐ親父に来てもらうよう頼む必要がある。面談は3時間後だ。 「ただいま」  家はがらんとしていた。  地下に降りる途中でくぐもった悲鳴が聞こえた。ありゃあ、これは今いくとまずいなあと思いつつ体育教師遠藤の言葉を思いだす。  待てよ。あれだけ、金、金と煩い親父ならひょっとして……あれを言えば兄貴にもう当たらないんじゃないか。  拷問室の扉を叩くと親父がかなーり不機嫌な顔で出てきた。まだ機嫌が治っていないみたいだ。 「なあなあ、兄貴今日学校で会議があるんだってさ」 「休ませればいいだろう」 「でもさ、それって金の無駄じゃないって俺思うのよ」  金の無駄と聞いて親父の耳がぴくりと動く。 「だってよ、休んだらその分稼ぎって減るじゃん」  親父がしまったという顔で慌てて部屋の中に入る。  ……うわ、効果的面。  って……今まで兄貴一度も親父そのこと言ってなかったのか、だとしたら馬鹿だよな相当。よくよく考えれば親父が月2回仕事に行っても給料は多くて十万そこらだし、安定した月給30万の兄貴が一番の稼ぎ手だもんな。 いなくなられたら……。  そっか、働くやつがいれば働かなくてももう一人は食っていけるのか。そうだよな、夜目が聞くから電気代は俺の部屋かかってないし、親父や兄貴の場合食費はいらないわけだしこの屋敷の維持費さえ払えれば。  寿命は兄貴の方が絶対長いよな、俺は半分人間なわけだし。  将来結婚して家族養うって言うのは絶対面倒だよなあ。っていうか女と付き合うのが面倒だよな。  ……試行錯誤の末、結論に辿り着く。  あれ、流行ってるんだよな。  出てきた親父は日焼け止めクリームを腕や首に塗りたくっている。 「そういや今日三者面談だったな。決めているのか就職先は」 「うん、今決まった」  大学進学の話は影も出てきていない。給食費払わせないぐらいだからなこの親父は……きっと進学なんて金の無駄だと思っているだろうし行きたいといっても無理だろう。そもそも俺の成績じゃ入れるとこなんてないし。  流行りものとか好きだし……。 「俺、ニートになる」  親父が完全に固まって動かなくなった。ちょうど出てきた兄貴も顔を引きつらせていた。 「夜死露……それは止めた方が……」 「出てけこの馬鹿息子おおおお!というか死にやがれ。子供と金とどっちが大切か知ってるか? 金だ、稼げないやつは出てけ!」 「父さんも落ち着いて」  兄貴が親父をはがいじめにする。  俺は舌を突き出してあかんべーをした。 「追い出せるものなら追い出してみやがれだ」  そして俺の進路はニートに決まった。  三者面談は……本気で俺を殴ろうとした親父を見た兄貴が止めに入り、二人の喧嘩に発展。  「本気で夜死露を殴ったりしたら給料……家に入れない。夜死露を殺す気?」  兄貴のその一言でいじけて地下室にこもったため受けていない。  俺は取りあえず、めんどいのは嫌いなんで友達から手作りポテトチップを食いながら病欠の電話を兄貴にして貰った。  俺は死道夜死露、十六歳。取りあえず……死ぬまで兄貴と親父の世話になろうと思ってます。  邪魔するやつは……いっか、めんどくさい。
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