Let's 恋人宣言!

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Let's 恋人宣言!

 昨日は変な転校生のお陰で中々寝付けなかった。  なんだよバンパイアハンターって。  冗談だと思いたいけど、兄貴の正体を見破ったんだから本物だよなあ。  あーため息が出てくる。  別に幸せが逃げたっていいけどさ、不幸がやって来ないんなら。  全校集会の為起きてた兄貴も今は部屋で眠っている。  お陰で広間ががらんどうですっごい静かだ。  いいね、邪魔者がいないって。  俺のペースで何してても怒られないって最高。  怒られたところで、ペース崩す気もないけどさ。 「いってきます」  誰も聞いてない広間に一声かけて、俺は玄関の扉を開けた。    そして締めた。    うん、見間違えだよな。  見間違え。  だって、俺さ。  今日から無視してやろうと思ってたんだよ。  同じ学校だし、波風は立てたくないから完全無視って訳じゃないけどさ。  そんな相手に住所を教えた覚えは無いんだよな。  扉を開け、また締め鍵をかけ直した。。    住所を教えた覚えはない。  うん、これはもうあれだな。  疲れてるんだ。  すごい近づいて来ている気がするけど。  常識的に考えて気の所為だと思う。  気のせいであって欲しい。 「よし、裏口から出るか」  くるりと踵を返した俺の背にカチャカチャと金属同士が擦れあう音が響いた。  常識ってさ、こちらがいくら常識的に生きていてもある日突然それが本当に常識的な事だったのか疑わしい瞬間ってあるよな。  振り向くのがさ、すっごい怖いんだけど。    これがさ、ノブををガチャガチャする音ならまだ分かるんだよ。  非常識だなって思いながら、無視して裏口に行くんだけどさ。  ノブを回す音すら聞こえず、突然聞こえてくる音がカチャカチャっておかしくない?    振り向きたくない。  絶対面倒くさい事になってる。  振り向きたくない。  俺はダッシュでホールへ走った。    が、俺の頭上をかろやかに飛び越えて前にたった者がいた。  ひらりと舞い上がったスカートの下から覗くの白。  スカートを直して、振り向いてにやりと笑うと言ったんだ。   「見てただろ、スケベ」  いやいやいや、見たくねえよ?  見る気もなかったよ。  大体、頭上から降りてきたお陰でスカートの布全部上にいってたしチラリズムもへったくれもねえよ。  白く細い脚は同級生の女達より肉が少なくて、細いのにしまるとこはしまってんのが妙に艶めかしくはあったけど。  この状況で見えて「ラッキー!」って言える男いるか? 「おはよう、夜死露」  一連の行動なんて何も無かったかのように昨日出会った転校生、アンナは俺に笑いかけた。    後ろめたさも罪悪感も何にも無い。  ちょっとくらいあってもいいじゃん。  「ごめんね、お邪魔しちゃった」くらいあってもさ。  言われたとこでドン引きなのには変わんないけど。    整った日本人には少ないすっきりして線が細いのに彫りがしっかりした顔立ちに長いまつ毛、形のいい唇。  俺以外のクラスの男どもならそれだけで一連の行動を許すだろう。 「ここ、俺んちなんだけど」 「知ってる」 「なんで知ってんの」 「職員室に連絡網なるものがあった」  はい出ました。  機密書類の情報漏洩。  ちょっと学校の書類管理雑過ぎないか。  てか、誰かから聞いたとかじゃないんだな。    全力で学校まで後ずさりしたい。  けど、アンナが家に入った事で無視して全力で逃げることも叶わなくなった。  すごく面倒くさい事になってるからだ。    敷居を跨がれた状態で、俺が外に出るってのは一番まずい。  話題の転校生が突然行方不明なんて最高に面倒くさい事態はごめんだ。    親父の気配は感じない。  けど部外者が屋敷に入って眠り続けている程、親父は鈍くない。  俺がまだ家にいるから、訪問者かどうか様子を伺っているんだろう。  普通の人間なら、別に記憶を消されて放り出されるだけだからいい。  けど、こいつは吸血鬼ハンターだ。    それも、学校で堂々とそれを宣言するような奴だ。  親父の前でそれを口にしたらどうなるか想像したくねえ。  昔気質の吸血鬼が、ハンターをどう思ってんのか。  そんなの俺知らねえもん。   「おはよう、夜死露。 学校、一緒に行こう」 「おはよ」  嫌に決まってんだろ。  学校で住所調べ上げてきて、いきなり家に上がり込むやつとどうして一緒に登校したいと思えるんだよ。  けど、それを言ってこいつがごねたらまた面倒くさい。  目を離して家を物色されたら、面倒くさい。  もう考えるのが面倒くさい。   「普通に来いよ」  それだけ、吐き出すのが精一杯だった。   「僕は普通に来た」 「手段が普通じゃねえよ」 「そうか、日本だものな。 忘れていた」  え、これアメリカじゃ普通なのか?   「悪い、気をつける」  屈託なく笑う笑顔にやはり戸惑いは無かった。  悪いやつじゃないとは、思う。  アンナが俺に手を差し出した。  握手、か。   「恋人同士、手を繋いで登校する」 「……小学生じゃあるまいし」  俺は背を向けて玄関に向かった。  そしてアンナを振り返る。 「一緒に行ってもいいけどさ、俺にあんま近づくなよ。 クラスの奴に誤解されんだろ」 「分かった。 ところで、誤解とは何だ」  俺はこの時、アンナにちゃんと説明しなかったことを帰ってきてからとても後悔することになる。    その日はすごく疲れた。  学校につくなり、アンナの距離感をからかった連中に恋人宣言されて誤解を解くだけで休憩時間の殆どが潰れた。  放課後までには俺のアンナへの態度と、一方的なアンナの態度で親しい奴には分かって貰えたが面白がってる奴は絶対いるんだろうな。  全員に催眠をかけて、誤魔化してえ。  辻褄合わせが面倒くさすぎるからやらないけど。  俺は一人にして欲しいだけじゃん。  適当な距離感で、適当に話あわせて無難に一日終わればいいんだよ。  なんでアンナにはそれがわかんないのか。    帰りもアンナから逃げるので精一杯だった。  家について来ないように説得してたら夜になってるし。  俺、泣けてくる。  疲労困憊して、家の扉を開けたら親父が腕を組んで目の前に立っていた。  あー……そういや、進路相談まだ親父を納得させられてなかったんだった。  いいじゃん、別にニートで。  親なら死ぬまで子供を養えよ。  吸血鬼なんだし、それぐらいなんでも無いだろう。    思ったことを口に出そうとしたら、親父は神妙な面持ちで「入れ」と俺を中に促した。    あ、もうなんか雰囲気が面倒くさい。  いつもみたいに頭ごなしに怒ってくれた方がまだ言い返せるじゃん?  けど、ホールに入っても親父一言も口聞かないし。    長い机の端と端、向い合せに俺と親父は座る。    き、気まずい。  なんで何も言わないんだよ。  わざわざ地雷を踏みたくもねえし、無難に切り出すにはどうしたら。 「今朝の娘」  親父の呟きで、俺は唇が引きつった。  あーはいはい、そっちね。  くっそ面倒くさいやつじゃん!  なんなら俺の進路より面倒くさい話じゃん!  この神妙な雰囲気、親父の険悪な表情……嫌な予感しかしない! 「卒業後の進路は決まっているのか」  あーこれ絶対バレてる。  アンナが吸血鬼ハンターだって。  いや待ってくれよ、同級生の血を見るなんて勘弁してくれよ。 「例えば、進学、その後の職業」  あー、これバレてる。  バレてるね絶対。 「親父、その確かにそのアンナの職業はさ。 理解し難いもんかもしれないけど、俺の同級生だし穏便に」 「就職か」  呟いて、親父は顎に手を当て長考を始めた。  待って聞いて俺の話。   「安定している職業か?」  その一言で俺は事態を察した。  同時に俺と親父はやっぱり親子なんだなとしみじみ思った。   「親父、俺別にあいつと付き合って無いからな」 「恋人なんだろう」  あああああ、やっぱり誤解されてたあああああ!  つうか、聞いてたのかよ親父!  しかも面倒くさい所を!   「待ってくれ、そういうんじゃないなら」 「逃がすなよ。 就職する気が無いなら、せめて全力でその娘捕まえておけ」 「だから、俺とあいつはそういうんじゃないから!」  こうして、俺とアンナは親公認の仲になってしまった。    俺はただ楽して生きたいだけなのに、増えてしまったろくでもない選択肢にただ頭を抱える。
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