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Let's 愛妻弁当!
学校への通学路、俺は昨日の出来事に頭を悩ませていた。
まさか、アンナとの仲が親父にバレるなんて思わなかったので憂鬱だ。
よりにもよってストーカーを彼女と誤解されるとか、酷く面倒な事になった気がする。
どうにかしてここらで、アンナは恋人じゃないと納得してもらえる良い手立てはないものか。
「うん、無いな」
確かに家を出た時は一人だったはずなのに物思いに耽っている間に、俺の腕にか細い女の腕が添えられている。
あろうことか、ひじの内側に自分の腕を通し恋人さながらの腕組みをさせられていたのだ。
もう一度大事な事を言う。
俺は一人で家を出た筈で、腕は確かにあいていた筈なんだ。
一緒に通学することについてはいい。
教えても無い家に出迎えに来るような奴だ。
寧ろ、今日家の前で待ち伏せしてなかった事の方が異常なのかもしれない。
異常ってなんだろうだ。
少なくとも二日前まで俺の常識では、人の家を勝手に探り当てて待ち伏せする事を異常って呼んでいた筈なんだけどな。
遠い目になりそうになるが、心を平穏に保つ秘訣はやはり物事をありのままに受け止めることだ。
けど、誰が予測するんだよ。
吸血鬼の家に産まれ育って、足音や気配を消した相手と接するのが日常になっている俺が腕を組まれた事にも気がつけないなんて。
世の中広いわ。
普通って儚いな。
「どうした、夜死露。
ぼーっとしているな」
「人生の諸行無常について考えてた」
「しょぎょー……夜死露は難しい言葉を知っているな。
どういう意味だ」
俺の言葉を反芻しながら、アンナが顔を覗き込む。
一々距離が近いんだよな。
これ絶対クラスの連中に見られたら誤解される。
「アンナも信じられない出来事に直面したら分かる。
今日は家まで迎えに来なかったんだな」
色々考えるのも面倒なので、俺は一先ず一緒に帰る相手のことぐらいちゃんと知ろうとコミュニケーションを取ることにした。
俺の質問にアンナが「ああ」と頷いて口を開く。
「明け方まで兄とチャットをしてたんだ。
迎えにいけなくてごめんな」
別に迎えに来てくれなくても良かったんだけどという言葉を飲み込んで俺はアンナが転校してきた初日の言葉を思い出した。
確か兄がいると口にしていた。
「あー、アメリカと日本じゃあ時差があるもんな」
アンナはアメリカ人で会ってたよな。
そんな自己紹介されたかどうかは忘れたが、肌も白いし目も青いしアメリカ人で多分金髪だしあってるよな。
瞳は青くないけど。
あれ、それはヨーロッパの方だっけ。
まあいいや、大した問題じゃない。
瞳の色や肌の色で人種を判断しちゃいけないよな。
日本人じゃないなら全部アメリカ人でいいや。
「今日本にいるらしい」
おーっと、知ったかぶりが盛大に空振った。
これだから知らない事は言わない方がいい。
誰だよ、日本人じゃないなら全部アメリカ人でいいなんて思ったやつ。
そうだよな、アメリカ人だからって今アメリカにいるとは限らないよな。
「兄妹で来てたのか」
「日本に来たのは僕だけだ。
様子を見に来てくれたらしい」
「へえ様子を見に」
空返事で返した俺だったが、改めて首を捻る。
「なあ、まさか転校初日の話したのか」
嫌な予感がして俺はアンナに質問する。
「勿論だ、運命的な出会い方だったからな」
うん、別に俺との出会いをアンナがどう捉えているかは興味ない。
「ほら、俺の兄貴を吸血鬼だとか言い出した事だよ」
「ああ、あの件か。
まさか僕が気配を読み違えるなんてな」
「話したのか」
「すっかり忘れていた。
吸血鬼じゃなかったしな」
嘘をついている素振りはない。
この分なら俺以外の話は兄に話していないのだろう。
それなら良かった。
うちの兄貴や親父が吸血鬼だなんて分かったら大事だからな。
このまま隠し遠そう。
「そういや、アンナの兄貴はなんで日本に?」
「それより、夜死露。
今日は弁当を作ってきたぞ」
アンナは嬉しそうに笑顔を俺に向けた。
「兄貴は」
「食べてくれるよな」
少しでも懸念を減らしたかったんだが、余程弁当を食べて貰いたいんだろう。
キラキラした目がそれ以外はどうでもいいと告げていた。
「ああ、うんじゃあ昼休みな」
追求するのも不自然だし面倒なので俺は素直に流されることにした。
昼休み、俺は流されたことを激しく後悔することになる。
「これは……」
念のために昼休み開始のチャイムとともに教室を離れて空き部屋に来たのは正解だった。
クラスの連中にからかわれない為にした事がまさかファインプレーになるなんて、やはり現実とは不思議なものだ。
取り出された重箱は5段に及んだ。
どれだけ食べさせるつもりだよ、とか突っ込みそうになったがそれは大した問題ではない。
問題があるとすれば中身だ。
一面、見渡す限りの蛍光色。
そういやテレビで見るアメリカの食べ物ってすごい色してたよなと思い返したがそれすら可愛いものだ。
何故なら、具材という具材が原型をとどめておらず蛍光色に染め上げられているせいで何の具材かもわからなかったからだ。
食べる前から全身が拒絶することってあるんだな。
俺は他人事のようにそんなことを考えていた。
「食べてくれるよな」
期待混じりな瞳が俺の返事を待っている。
これだけの量、一体明け方まで通話していていつ作ったというのか。
きっと、寝ずに制作に取り組んだに違いない。
なんだか刺激臭もすることだし、昨日帰ってすぐもあり得る。
「悪い」
俺はお人好しじゃない。
断るのも面倒だけど、わざわざ毒物かもしれないものを口にするよりはまだ断る面倒の方がマシだ。
「駄目、か」
寂しげな瞳でアンナは肩を落とす。
「無理」
ごめんな、自分の命には変えられない。
弁当に蓋をしようとした時、俺は気配を感じてアンナの腕を掴み教卓へと走った。
そして下に滑り込む。
「どうした夜……」
狭い教卓の下に押し込んだアンナの口を手で塞ぐ。
「うわっ、何この匂い」
教室の戸ががらりと開いて、入ってきた生徒が声を上げた。
ギリギリセーフ!
やばい後ちょっとで、二人一緒に弁当を囲んでいる所を見られるところだった。
勿論食べる気は無かったし、やましいことをしていた訳じゃないがこういう噂って直ぐ広がるからな。
ただでさえアンナは留学生で目立つし、初日から俺に接触してくるのをからかう連中もいないわけじゃないのに面倒な事になることだった。
俺は祈るような気持ちで教卓の下でアンナをぐっと自分の身体に引き寄せる。
百歩譲って付き合ってと誤解されるのは良いとしても、こんな弁当からかわれない方がおかしい。
絶対、「お熱いね―」とか事あるごとに持ち出されるに決まってるんだ。
狭い教卓の下で、アンナの背中が俺の胸に密着している。
後ろから口を塞いでいるせいで表情は分からない。
ただ、アンナの鼓動がやたら早く高くなっているのが分かった。
いきなり引っ張り込んで怒ってんだろうなあ。
けど、絶対この手を話すわけにはいかない。
親父にアンナとの仲を誤解され、家での平穏も失くなった今学校での平穏だけは死守させて貰う!
早く居なくなってくれないかなあと俺は只管に侵入者の撤退を願う。
しかも声から察するに同じクラスの奴じゃん。
最悪だ。
居なくなれという願いも虚しく、クラスの連中は空き教室の中にまで入ってきた。
なんで入ってくるんだよ。
「これ、重箱か。
誰だよこんなもの持ち込んだやつ」
「しかし、やしろんここにも居ないな。
どこ行ったんだろ。
授業ノート移させてやろうと思ったのに」
やしろんというのは俺のあだ名だ。
どうやら俺を探しに来たらしい。
てかマジか、ひと声かけてれば……いや、同じことか。
用事があったんなら、探しに来るわな。
ありがいけど、今は来るな帰れ。
だが、一向に出ていく気配が無い。
重箱が気になるのは分かるが、早く別のところに探しに行ってくれ。
「おい、見ろよこの色」
どうやら中身に興味を持ってしまったらしい。
仕方ないだろ、蓋閉じる余裕なんて無かったんだから。
てか、閉めようとしたとこお前らが邪魔したんだよ。
アンナがじっとしていてくれているようなので、何とかやりすごせそうだ。
「これ、すごい色してるぜ。
絶対あの留学生じゃね」
心臓がばくんっと大きく跳ね上がったのを感じた。
「お国柄ってやつ?
そうだよな、こんな色のもん日本人なら作らんよな。
にしてもこの弁当酷くね。
味の想像つかねー。
可愛い子だったのに、もしかして料理下手?
ショックだわ、女なのに料理苦手とか終わってるだろ」
背中越しなのでアンナの表情は見えない。
相変わらずアンナは静かだ。
このままやり過ごしてくれるのかもしれない。
「なあ、これゴミ箱に捨てとこうぜ。
この匂い、絶対腐ってるって。
本人もそう思って置いてったんだぜ」
「だな、本人も絶対失敗だって分かってんだろこんなもん」
これでアンナも分かっただろ。
どうして、俺が弁当を食べなかったのか。
ちょっとは凝りてくれるといいんだが。
背中越しに伝わる体温に変化は無い。
鼓動も今は落ち着いている。
落ち着きすぎるくらいだ。
ふと、弁当を食べてくれと言った時のアンナの顔が浮かんだ。
めちゃくちゃ綺麗な目してたな。
すごい期待しているような。
いや、こんなもん期待されても困るんだけどさ。
困るんだけど。
俺、あんな目したのいつだろう。
小さい頃はよく、何か初めての事する度に親父に見せてたなあ。
いつから、面倒事を避けて新しい事やらなくなったんだっけか。
そういや、親父も料理下手だったんだっけ。
俺はその頃の事、知らないんだけどさ。
吸血鬼は人間が言うような味覚がねえから、料理とかしたことなくて苦労してたって兄貴から聞いた。
自分の子供に食べさせる物だから下手な物を食べさせたくないって、プライドの高い親父が隣人に頭を下げてまで離乳食の作り方教えて貰ってたらしい。
味覚がねえのに、濃い味付けは身体に悪いかもしれないからって幼稚園の頃作ってくれた弁当はいっつも味薄かったな。
一度弁当に文句つけてからは自分で作れって言われて、暫くは一緒に作ってた。
普段は怒ってばかりの親父が子供物のキャラ弁を俺と一緒に一生懸命作ってくれて、一緒に料理するのすごい楽しかったな。
弁当作るのって、慣れないうちは大変なんだよな。
上手く出来てるのかも不安で、崩れた弁当持っていったらクラスの連中に笑われて。
悔しくて親父に相談したら、俺が上手く作れるようになるまで付き添ってくれたっけ。
作るの面倒でスーパーの弁当で済ませるようになってから、すっかり忘れてたなあ。
気がつくと俺は、アンナを教卓の裏に置いたまま立ち上がっていた。
「俺が作ったんだよ、悪いか」
「やしろん、ここにいたのか」
「え、お前なのこの失敗作ここに置いたの」
「いいんだよ、料理なんて味だろ」
そして徐に弁当のおかずをつまんで口に放り込んだ。
鼻につんとした刺激が抜ける。
全身に鳥肌が立つ、正直吐き出したい。
「まっず」
「まずいんじゃん、やっぱゴミだろそれ」
「人が一生懸命作ったもん、ゴミとか言ってんじゃ」
ねえよって言い切ってやりたがったが舌が痺れる。
なんだこれ。
まじ食べものじゃねえ。
「ゴミだわ」
うん、まずい。
むちゃくちゃまずい。
「やっぱ不味いのかよ」
「いいんだよ、これから上手くなるんだから」
俺は重箱を暮らす連中から遠ざけるように蓋をして身体で隠す。
「そんなもん作るようじゃ才能無いって」
「決めつけんなよ。
絶対上手くなるから。
大体料理ってのは才能じゃないんだよ」
これは本心だ。
だってよ、味覚のない才能以前の親父にだって作れたんだから人間であるアンナに作れない訳がないだろ。
「あら、やしろん珍しくマジじゃない?」
その後も暫くクラス連中は居座り、ようやく帰ってくれた頃にはもう休憩時間が終わろうとしていた。
ああ、食べる時間なくなった。
唯一食べたもんがゲロまず弁当とか、俺ってなんて不幸なんだろう。
「夜死露、ごめん」
教卓の裏から這い出して来たアンナが項垂れている。
会ってから始終一貫して強気だったアンナが肩を落とすところなんて始めてみた。
それだけショックだったんだろう。
「これ、失敗なんだな」
「当たり前だろ」
分かりきったことをいうアンナに俺はため息をついた。
「これに凝りたら、次はもっと上手く作れよな」
俺は重箱を持って、教室の扉に手をかける。
駆け寄ったアンナが俺の腕を握った。
「返せ、それ捨てる」
「やだよ、俺が持ってなきゃお前が作ったってバレるだろ」
そんな事になったらからかわれること間違いない。
「僕の為?」
「俺が面倒なのが嫌なだけ。
食べ物粗末にすんのもあれだし、食ってやるよ」
「だが」
「下手なもん食わすのが嫌なら、もっと上手くなりゃいいだろ。
そのための練習ならつきあってやるよ」
アンナが僅かに顔を上げる。
「さっきの連中、見返してやろうぜ」
そうすりゃ、俺も変なもの食べさせられずに済むし。
「ただ、学校でってのは勘弁してくれよな」
これで凝りて、愛妻弁当なんてやめてくれるといいんだが。
この時の俺は自分で墓穴を掘っているのに全く気がついていなかった。
俺の背後で顔を上げきったアンナが、頬を染めていることに気がついていたら最悪の面倒は回避できたかもしれないのに。
俺の平穏な学校生活はこの時から崩れ始めていたんだ。
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