残されたもの

1/6
前へ
/61ページ
次へ

残されたもの

幼い頃、「志岐は男の子なんだから、女の子にはうんと優しくしなきゃダメよ」と、いつも母から言い聞かされていた。 夫婦共に大企業の経営者である両親の娘として生まれた母は、仕事で忙しく留守勝ちな両親に代わり使用人たちに育てられ、若くして親の決めた相手である父と結婚して俺を産んだ。 父は医者で、地元では有名な総合病院の跡取りと言うこともあり常に忙しく、家でのんびり寛いでいる姿を見たこともなければ、遊んでもらったり家族で旅行に行ったりしたことも、一緒にゆっくり過ごした記憶すらもない。 しかし俺を医者にしたかったのか、俺がまだ物心がつくかつかないかのうちからとても教育熱心だった。 勉強を教えてくれるときだけは父がまっすぐに俺を見てくれたし、教えられたことをきちんと理解できると誉めてくれたことが幼心に嬉しかった。 生まれたときからエリート街道を走ってきた父とは逆に、お嬢様育ちで家事もろくにできなかった母は、家事をまるごと家政婦に任せ、育児のほとんどをベビーシッターに頼っていたようだけれど、俺のことを可愛がってくれてはいたと思う。 しかし母は幼い頃から親の愛情に餓えていたせいか極度の寂しがりやで、父の帰りを待ちながらいつも寂しそうにしていた。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2151人が本棚に入れています
本棚に追加