世界が変わる 190909

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 カーテンが揺れている。  窓が少し開いていて、外から風が吹き込んでいる。  良い風だ。  秋か。  紅く色付き始めた山々の雑木林が見えている。  澄んだ青空と、白い雲。  「目が覚めたの?」  女の人がベッドの横の丸椅子に座っていて、私を覗き込んでそう言った。  そうだ。私は目が覚めた。  「気分はどう?」  気分は。気分。気分は悪くない。  思い出せないだけだ。目覚める前の私。昨日までの私。  ふふふ、とその女の人は含み笑いをした。  「大丈夫よ。そのうち思い出すわ」  そうかもしれない。そのうち思い出すのかもしれない。昨日までの私。生まれてから昨日まで生きてきた私。私の歴史。  ここは日本で、今は二千十九年だ。自民党の安倍首相による長期政権が続いており、確か消費税が上げられた筈だ。もうじきオリンピックが開催される予定であり、隣国とは仲が悪く、不戦を謳った日本国憲法は改憲論議で風前の灯火だ。  そういうことはわかる。この世界の歴史。  何千年、否、何億年と続いてきて、そしてこれからも続いていく、時間軸上の存在であること。  しかしながら、わからないのは私だ。  私とは何か。  何者であるか。  「立場探、たちばさぐる、それがあなたの名前」  鎖骨の長さで正確に切り揃えられた艶やかな黒髪を持つその女の人は、私に向かって唐突にそう言った。それはこの物語の始まりを告げるようでもあり、終わりを宣言するようでもあり、もしくは、途中経過を示しているようでもあった。  立場探。  たちばさぐる。  それが私の名前。  村上春樹かよ、と、ちょっと思った。この思わせぶりなネーミング。それを聞いた時私は内心でかなり心外だと思ったのだが、でもいいじゃないか、と思い直した。村上春樹の主人公になってみるのもいいもんだ。そう思ったのだ。
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