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目が覚めると、猫だった。
この白い毛むくじゃらの手の先の肉球を確かめるまでもなく、猫だった。
試しに、吾輩は猫である、と言ってみた。
「ニャニャニャーニャ、ニャニャニャニャニャ」
なるほど。猫だ。
村上春樹の思わせぶりな世界でどこまで行っても意味がない探求の再生産を永遠にし続けるというこの時間軸上に存在し得た私の未来の可能性に未練を感じない訳ではなかった。でも、まあいい。猫だって幸せだ。否、猫の方が幸せだ。猫として夏目漱石の世界で生きるのも悪くない。
早速起き上がり、飼い主とその家族を観察し、風刺を効かせて猫視点ならではの文章を繰り広げよう。
そう思った。
そう思った矢先に、何かの気配を感じた。
土間の縁の下の梁の向こう側。
何かいる。
ピンと来た。
ネズミだ。ハツカネズミ。
こいつだ。こいつがこのところこの家に出現してたヤツだ。間違いない。
逃がすかッ。
途端に私の後ろ脚は大地を蹴り、走り出していた。脱兎のごとくという表現そのままに全力疾走していた。グングン距離が縮まる。圧倒的じゃないか。我が脚力は。アッという間だ。秒速で追い詰める。ふっふっふ。ハツカネズミよ。見るがよい。貴様の行く手は塞がっている。もう逃げ道はない。
さあいくぞッ。
右手と左手を振りかざし、私は自慢の後ろ脚で再び大地を蹴った。
グォラァァァァァァァァァァァァァッ。
次の瞬間、私の視界はハツカネズミでいっぱいになった。ハツカネズミが急接近したからだが、予想以上の速度で驚くほど速く、ヤツが異常接近してきた。いかん、と思った。思ったが遅かった。鋭い痛みを感じた。鼻の頭付近。歯か。歯が突き立てられたのか。続いて顔面に衝撃。蹴りか。蹴りが入ったのか。ハツカネズミの足が見えた。小さな足。チューーーーッ。聞こえたのはこいつの叫び声か。窮鼠猫噛み。
そして私の眼前に縁の下の土台のコンクリート壁が迫って来た。止まらない。この加速度は止まらない。私は激突するのだろう。コンクリに。顔面から。ああああ。なんだよ。折角猫だったのに。夏目漱石だったのに。
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